繹史韓非の刑名の学(上)(韓非刑名之学(上))

  • 履歴: 韓非。韓の公子。刑名法術の学を好み、その根本は黄老に帰する。吃音のため弁論は苦手だったが著述に優れ、李斯と共に荀卿に学ぶ。韓の弱体化を憂えて度々上書するも用いられず、『孤憤』『五蠹』などを著す。後に秦に招かれるが讒言により獄死する(下巻に詳述)。

韓非の事跡(史記より)

  • 儒者は文を以て法を乱し、侠客は武を以て禁を犯すと批判し、「養う所と用いる所が一致しない」当時の韓の人材登用を憤る。
  • 説くことの難しさを説いた『説難』を著しながら、自らはその説得の困難ゆえに秦で命を落とすことになったと、司馬遷は皮肉を込めて評する。

説難篇

  • (韓非子より)説得の難しさは弁舌の巧拙ではなく、相手の心を正確に読み、それに合わせて説くことにあるとする。
  • (韓非子より)機密が漏れる危険、君主の隠された本心に触れる危険など、遊説の身を滅ぼす具体的な落とし穴を列挙する。
  • (韓非子より)弥子瑕が衛君に寵愛された時と疎まれた時とで、同じ行為への評価が正反対になった故事を引き、君主の愛憎の変化を見極めることの重要性を説く。
  • (韓非子より)龍の逆鱗に触れれば必ず殺されるように、君主にも触れてはならぬ「逆鱗」があるとし、これに触れなければ説得は成功に近づくと結ぶ。

孤憤篇

  • (韓非子より)智術の士・法術の士は、権勢を恣にする「重人」と両立し得ない仇敵の関係にあるとする。
  • (韓非子より)重人は諸侯・百官・側近・学者を結びつけて君主の目を塞ぐため、法術の士は君主に近づくことすら難しいと嘆く。
  • (韓非子より)齐・晋が滅んだのは国土が失われたからではなく、権力が呂氏・姫氏の手を離れ田氏・六卿に移ったからだと説き、権力の所在を明確にすることの重要性を説く。

五蠹篇

  • (韓非子より)有巣氏・燧人氏・鯀禹・湯武の例で「聖人は古を修めず、世を論じて備えを為す」とし、時代に応じた統治を主張する。
  • (韓非子より)「守株待兎」の寓話で、先王の政を墨守することの愚を説く。
  • (韓非子より)人口増加により財が相対的に乏しくなったため、古の譲り合いの徳ではなく、今は厳格な法によって争いを収めるべきだと説く。
  • (韓非子より)儒者の仁義、墨者の兼愛は国を治める実効に乏しいとし、「法によって民を治める」ことの必要性を説く。
  • (韓非子より)学者(儒)・言談者(縦横家)・帯剣者(侠客)・患御者(側近)・商工の民の五者を「蠹(国を蝕む虫)」と呼び、耕戦に励む民をこそ重んじるべきだと説く。

八姦篇

  • (韓非子より)臣下が君主を惑わせる八つの手口(同床・在旁・父兄・養殃・民萌・流行・威彊・四方)を具体的に列挙し、それぞれへの対策を説く。

飾邪篇

  • (韓非子より)亀甲占いや吉凶の兆しに頼る風潮を「龜策鬼神は信ずるに足らず」と斥け、明法によって国を治めることの重要性を説く。
  • (韓非子より)他国の助力を頼みとした曹・荊・許・鄭などが次々滅んだ例を挙げ、外国に頼らず自国の法制を整えるべきだとする。

亡徴篇

  • (韓非子より)国が滅びる予兆を四十数条にわたって列挙する(君主が小国でありながら権臣が重きをなす場合、法禁を軽んじ計謀に頼る場合、大臣が偏党を組む場合など)。「亡徴とは必ず亡ぶという意味ではなく、亡びうるという意味だ」と付言する。

有度篇

  • (韓非子より)「国に常に強きなく常に弱きなし。法を奉ずる者強ければ国強く、法を奉ずる者弱ければ国弱し」との命題を掲げ、楚の荘王・斉の桓公・燕の襄王・魏の安釐王が、当初は強国であったが法を軽んじて衰亡した例を挙げる。
  • (韓非子より)君主は法によって人を選び、功によって量るべきで、私情による毀誉に惑わされてはならないと説く。

揚権篇

  • (韓非子より)君主の道は「虚静無為」を旨とし、名と実(形名)を一致させることで臣下を統御すべきだと説く。
  • (韓非子より)「一家に二貴あれば事すなわち功なし」など、権力を分散させないことの重要性を比喩を用いて説く。

主道篇

  • (韓非子より)道は万物の始まりであり、明君はこれに則って虚静を守り、名を正して臣下に働かせるとする。
  • (韓非子より)「君は好悪を見せず、臣に本心を悟らせない」ことで、臣下は本来の姿を現すとし、君主の五壅(臣が君を塞ぐ五つの弊害)を戒める。

八経篇

  • (韓非子より)人情(好悪)に基づいて賞罰を用いることが治道の要であるとし、因情・主道・起乱・立道・参言・聴法・類柄・主威の八項目にわたり具体的な統治術を説く。

説疑篇

  • (韓非子より)暴君と関わった歴史上の悪しき臣(六人)、諫死した忠臣(六人)、朋党を組んだ姦臣(九人)、王者を補佐した名臣(十五人)、姑息な佞臣(十二人)を類型別に列挙し、君主が人物を見極めることの重要性を説く。
  • (韓非子より)舜・禹・湯・武王を臣下が君主を弑した先例として引く姦臣の詭弁も紹介し、権勢に基づく簒奪の論理を警戒すべきとする。

詭使篇

  • (韓非子より)名誉・威・利の三者が正しく機能すれば治世となるが、世の風潮では、法を守り令に従う実直な者が「陋・怯」と貶められ、法を犯し私利を図る者が「烈士・賢者」と讃えられるなど、上の重んじる所と下の欲する所が食い違っている(世詭)と批判する。
  • (韓非子より)このように毀誉の基準が公法から外れた状態を放置すれば、国は乱れて上に立つ者を害すると結ぶ(『六反篇』以下は下巻に続く)。