繹史介(東方の国)(介(東方の国))

  • 履歴: 東方の小国。君主は葛盧。

介葛盧の来朝

  • (左傳より)魯の僖公二十九年春、介葛盧が魯に来朝し、昌衍のほとりに宿営した。魯公はちょうど諸侯の会盟に出ており、帰国後に飼葉と米を贈って礼を尽くした。冬、葛盧は再び来た。前回は公に会えなかったため改めて朝見の礼を行い、宴を加えてもてなした。葛盧は牛の鳴き声を聞いて「これは三頭の子牛を生み、いずれも犠牲に用いられるだろう」と言い、確かめるとその通りであった。
  • (公羊傳より)介葛盧とは何者か。夷狄の君主である。なぜ「朝」と言わないのか。正式な朝見の礼を行いえなかったからである。
  • (糓梁傳より)介は国名、葛盧はその君主の名。まだ天子から正式な爵位を受けていない小国の君主であるため、「来た」とのみ記して卑しめたのである。