繹史孔子類記(二)删述(上)(孔子類記(二) 删述上)

詩書の整理

  • (史記より)魯が孔子を用いなかったため、孔子も仕官を求めず、周室の衰えとともに廃れていた礼楽・詩書の整理に取り組んだ。夏殷の礼はいずれも文献の徴証が乏しいとしつつ、周の文物を最も詳しく伝えるものとして周に従うと述べた。魯の太師と音楽を語り、雅頌の各曲を正しい位置に戻し、詩三千余篇の中から礼義に適うものを取捨して三百五篇に整え、風雅頌のはじめをそれぞれ定めて絃歌に合わせ、韶武雅頌の音に叶うよう修めたことで、王道の完成に資する六芸が備わったとする。

書経の意義

  • (孔叢子より)孔子は『書』が遠い事柄を語っても迂遠に流れず、近い事柄を語っても切迫しないこと、志を尽くしながら怨みがましくないことなどを、高宗肜日や洪範の章を例に説いた。

詩を読んでの感懐

  • (尸子・説苑・孔叢子・家語より)孔子は『詩』を誦することを古人と交わることに喩え、正月篇を読んでは不遇の時世を憂う賢者の運命を、周南・召南・柏舟・淇澳・考槃など数十篇それぞれについて、周道の隆盛・匹夫の志操・君子の徳・孝子の情・善政の応報など、篇ごとに読み取れる教訓を述べた。関雎や鹿鳴を鳥獣に興を借りた詩として評したくだりや、甘棠に宗廟を敬う心を見た逸話もある。

易を読んでの感懐

  • (史記より)孔子は晩年『易』を好み、彖・繋・象・説卦・文言を序し、韋編三絶するほど読み込んで、数年の命があればさらに深く極められたと述べた。

彖傳・象傳

  • (易より)六十四卦の卦辞の意味を、天道・陰陽・剛柔の消長や君臣・男女の理に即して解き明かした彖傳(上・下)、および卦象・爻象に基づいて君子の徳行のあり方を説いた象傳(上・下)が全巻にわたって引かれる。乾は自強不息、坤は厚徳載物、屯は経綸、謙は多きを裒め寡きを益す、といった具合に、各卦の徳目が簡潔に対応づけられている。

文言傳

  • (易より)乾・坤の二卦について詳しく敷衍し、元亨利貞の徳、龍徳の隠見進退、君子の進徳修業、坤の徳が柔順にして時を承けることなどを、問答形式で説き明かす。

繫辭傳(上・下)

  • (易より)易の成立原理(天尊地卑・剛柔相摩)、聖人が卦を設け辞を繋けた由来、蓍策による占法(大衍の数五十)、八卦から生まれた器物発明の伝説(結網・耒耜・舟楫・弓矢・宮室・棺槨・書契など)、乾坤を易の門とすることなど、易の哲学と実用の両面が広く述べられる。

說卦傳

  • (易より)八卦それぞれの性質(乾は健、坤は順など)と象徴(乾は馬・首・父、坤は牛・腹・母等)、方位への配当(震は東方、離は南方等)が体系的に示される。

序卦傳

  • (易より)六十四卦が天地・万物・男女・夫婦・父子・君臣という発生の順序に従って配列され、各卦が前の卦の帰結として次の卦を生む論理的連関が説かれる。

雜卦傳

  • (易より)対をなす卦の徳を一言ずつ対比する形で、六十四卦の性格を簡潔にまとめる(乾剛坤柔、比楽師憂、など)。

編者按

  • (編者按)割注に引く『易乾鑿度』には、孔子が易の体系(易・変易・不易)を説いた言葉、嵗が三百六十日で八卦が各四十五日を掌るとする説、帝・王・子・大君・大人という称号の由来、孔子が旅卦を得て「聖智ありて位なし」と占われ天命を嘆いた逸話、獲麟の悲嘆から筆を絶ち十翼を作った経緯などが伝わるが、これらは緯書であり後世の仮託を含むと注記される。