繹史斉桓公の覇業(四)(齊桓公霸業(四)(管子著書下))
前篇(霸業三)に続き、『管子』の政治思想諸篇(宙合・五輔・問・制地・八観・勢・地員・水地・内業・枢言・九守・弟子職)を抄録する。
宙合
- (管子「宙合」より)君臣の分は五音・五味の調和に例えられ、君は令を出し臣は力を尽くすことで国が治まるとする。
- 「繩と準」「規と矩」を備えて広く物事を包容する為政者の度量を説き、時と徳に応じて動静・進退を定める「時徳の節」を重んじる。
- 賢者は乱世にあっては才を隠し、時を得て初めて動くべきとし、微子が紂の乱に与せず宋主として祭祀を保った例を挙げる。
- 「宙合」とは天地を包む器のような度量を意味し、君主の視野の広さと柔軟な対応を説く総論である。
五輔
- (管子「五輔」より)人を得ることが国家存立の根本であり、民を得るには利を与え、利するには政をもって教化すべきと説く。
- 徳に六興(田畑の開墾・財の流通・水利・寛政・老幼の扶助・窮民の救済)、義に七体(孝悌・忠信・礼節・倹約・堅実・和睦)、礼に八経(上下・貴賤・長幼・貧富の秩序)、法に五務(君臣・大夫・官長・士・庶人それぞれの職分)、権に三度(天時・地宜・人順)があるとし、これらを段階的に布くことで姦民を退け国家を安定させると説く。
- 華美な工芸品や奢侈品に耽ることが民を貧しくする根本原因であるとし、質実な政治を勧める。
問
- (管子「問」より)為政者が国情を把握するための多数の設問を列挙する。田畑の開墾状況、孤児寡婦・貧民・負債者の生活実態、士民の武備・兵車・器械の整備、賢者・功臣の処遇、境界防備の状況など、内政・軍事にわたる詳細な調査項目を通じて、統治の要締は現状把握にあると説く。
制地・八観
- (管子「制地」より)国を治める道は地の徳を第一とし、君臣の礼・父子の親・官府の蓄え・強兵・城郭の険阻を整えることにあるとする。関市の徴税を公平にし、遠方の人を招く政策を説く。
- (管子「八観」より)大城・郭周・里域・閭閈・宮垣の防備が整わなければ姦賊や男女の乱れを招くとし、以下の八つの観察法で国の強弱・存亡を見極めるべきと説く。
- 田野・耕作の状況から飢餓の国かを知る。
- 山沢・桑麻・六畜の状況から貧富を知る。
- 宮室・車馬・衣服から奢侈の国かを知る。
- 凶饑・師役・台榭から国費の実虚を知る。
- 州里の風俗から治乱を知る。
- 朝廷の人事(功による賞と血縁による賞の別)から強弱を知る。
- 法令の施行状況から威厳の有無を知る。
- 敵国との対比・民産の余剰不足から存亡を知る。
- 奢侈は財政窮乏と姦智の横行を招く悪循環を生むとし、度量・節倹の政治を強く勧める。
勢
- (管子「勢」より)戦において険阻を恐れず、静と動、天地の陰陽の勢いに応じて機を捉えるべきと説く。「大明」(明察)と「大周」(周到さ)を兼ね備えることの重要性、義と武力を段階的に用いる用兵の理を述べる。
地員
- (管子「地員」より)土質を「五粟・五沃・五位・五蘟・五壌・五浮」(上土)、「五怸・五纑・五壏・五剽・五沙・五塥」(中土)、「五猶・五(土鼠)・五殖・五觳・五鳬・五桀」(下土)の三十六種に分類し、それぞれに適した植生・音律・泉質・収穫倍率を詳細に記す博物学的記述で、後世これを『職方氏』に比肩する精緻な記録と評される。
水地
- (管子「水地」より)水を万物の根源・生命の淡(本質)とし、玉の九徳(仁・知・義・行・潔・勇・精・容・辞)も水の精気の凝集によるものとする。
- 人体も精気の合水により生じ、五味・五臓・九竅がその過程で形成されるとする。
- 斉・楚・越・秦・晋・燕・宋など各地の水質の違いが、その土地の民の気質(貪欲・軽果・愚疾・佞巧など)を決定するという地理決定論的な説を展開する。
内業
- (管子「内業」より)万物の精気が集まって下は五穀、上は星辰、内には聖人を生むとし、心を安んじ欲望を制することで徳が自ずと成ると説く。
- 「道」は言葉にできず目に見えないが、心を静め正すことでこれを得られるとし、内省・養生を通じた精神修養の要諦を説く。
枢言
- (管子「枢言」より)道は天における日、人における心に例えられ、「愛・利・益・安」の四者が帝王の道の出発点であるとする。
- 先王は誠信・名実の一致・忠信を貴び、驕らず約束を守り、民に施して怨みを買わぬことを重んじたと説く。
九守
- (管子「九守」より)君主が守るべき九つの心得(主位・主明・主聴・主賞・主問・主因・主周・主参・督名)を簡潔に列挙する。目・耳・心を天下のものとして働かせ、賞罰を誠実かつ確実に行い、名と実を一致させることを説く。
弟子職
- (管子「弟子職」より)弟子が師に仕える日常の作法(起床・掃除・給仕・食事・就寝の礼)を細かく規定した学規で、漢書には管仲の作と伝わり、斉の内政において士の子弟を教育するための塾生教条であったと付記される。
編者按(覇の名の由来と桓公の総評)
- 巻末の按語は「覇」の名の由来を『礼記』祭法・白虎通等に遡って考証し、夏の昆吾・商の大彭豕韋・周の斉桓晋文を「五霸」とする説を紹介する。
- 秦穆公は賢臣百里を誅し殉葬を行った過ち、宋襄公は力量を顧みず泓の戦いで敗れた過ち、楚荘王は周鼎を窺う僭越があり、いずれも天子を輔けた功に乏しく真の覇者とは言い難いとする。
- 対して斉桓公は、公子糾を助けた曹沫の柯の盟の信義、羈囚から取り立てた人材登用、王子帯の乱の鎮定、哀姜の姦を誅した処置など、乱世にあって周室を尊び諸侯を安んじた功績により「五霸のうち桓公を盛んとす」(孟子)と評されるにふさわしいと結ぶ。
- 桓公が中主でありながら管仲を得て名を挙げ、覇業を成し得たのは、管仲を用いる度量の大きさにあると総括する。