繹史総校官・陸費墀(原書徵言)

(凡例・馬驌自序。輯録された記事ではなく、編者馬驌自身が『繹史』編纂の趣旨と方針を語った前書きである。)

編纂の趣旨

  • 従来の史書は繁を厭うて簡約を旨とするか、異同を並べて博く示すかのどちらかに偏りがちである。自分は若くして『左氏春秋』を好み、長く諳んじたが忘れることも多く、そこで編年体を紀事体(主題別)に改め、論辯・図譜・随筆・名氏譜を添えて何度も稿を改めた。
  • 三代以来の周秦以前の諸書を集め、太古・三代・春秋・戦国・外録の五部、計百六十篇(一篇一巻、長い篇は上下や四五分割)にまとめた。事件は始終を、人物は生涯を通して描き、十二代の君臣の跡・治乱の理由・諸学派の相違・国々の離合を見渡せるようにした。
  • 記述対象は秦末までとしつつ、引用する書物は梁・陳の時代まで下ることがある。『論語』『大学』『中庸』『孟子』は学官で必修のため採らないが、それ以外の経伝子史は網羅的に収めた。

出典・史料の扱い

  • 経・伝・子・史のうち現存するものは全て網羅的に採録した。
  • 真偽の疑わしい先秦の遺書(『山海経』『穆天子伝』『逸周書』『竹書紀年』『越絶書』など)も、文章として興味深いものは捨てなかった。
  • 半ば偽作が疑われる書(『鬼谷子』『尉繚子』『鶡冠子』『家語』『孔叢子』など)は一部のみを採用し、後世の仮託が明らかな書(『三墳』『六韜』『亢倉子』『関尹子』など)はごく短い紹介にとどめた。
  • 漢魏以降の史書・子書(『史記』『漢書』『後漢書』『淮南子』『説苑』『論衡』など)は異同を見るために参照するが、隋以後の書は原則として採らない。
  • 書名のみ伝わり本文が失われた書も多数あることを示し、緯讖(七緯など)の類は前漢末の哀帝・平帝の頃に孔子仮託として作られた偽書と断りつつ、参考として広く挙げた。
  • 原本が失われ、後世の注釈書・類書(十三経注疏、史記索隠、『太平御覧』『冊府元亀』など)にのみ引用が残る場合は、断片であってもそこから拾い集めた。
  • 同じ事件でも書ごとに文章や人物比定が食い違う場合(例:『左伝』『国語』『公羊伝』『穀梁伝』の記述の相違、桓公・景公のいずれの逸話かなど)は、どちらか一方に決めず「疑わしきは疑わしきまま伝え、見聞を広くする」方針で両方を残した。

読者への呼びかけ

  • 十年をかけて編纂したが、辺鄙な地に住む身であり見落としも多いはずだと自省し、家蔵の稀書・写本・金石文などを持つ読者に、不足を補う情報の提供を求めて序を結んでいる。