大唐西域記劫比他國

  • 要旨: 劫比他国(旧名僧伽舎国)は釈迦が忉利天から地上に降りたという伝承の三道宝階で知られる国と記す。

地理と風俗

  • 周囲二千余里、大都城は周囲二十余里、風俗は温和で人々は学問を好むとする。
  • 伽藍四か所、僧徒千余人が小乗正量部を学び、天祠十か所は共に大自在天を奉じるとする。

大伽藍と三道宝階の伝説

  • 城東の大伽藍は荘厳な造りで、僧徒数百人が正量部を学び、周辺には多数の在家信者が居住するとする。
  • 伽藍内の三道宝階は、釈迦が忉利天で母(摩耶夫人)に三か月間説法した後、帝釈天が建てた黄金・水晶・銀の三つの階段を通って地上に降りたという伝承の地とし、中央の黄金の階を釈迦が、右の銀の階を大梵天が、左の水晶の階を帝釈天が使ったとする。
  • 数百年前まで階段の跡が残っていたが、今は失われ、諸王が代わりに磚石で模した高さ七十余尺の階段と精舎を築いたとし、傍らには無憂王建立の石柱があり、人の罪福に応じて柱に影が映るという言い伝えを記す。
  • 宝階の傍らには過去四仏の遺跡や、釈迦が沐浴した場所、瞑想した精舎、経行した場所(足跡に蓮花の文様が現れる)などがあるとする。

蓮華色比丘尼が仏を出迎えた話

  • 帝釈天・梵天の仏塔の前は、蓮華色比丘尼が誰よりも先に仏を出迎えようと転輪王に化けた場所とする。
  • 釈迦が天から下る際、須菩提(善現)が「諸法は空であると観じることこそ仏の法身を見ることだ」と考えて瞑想を続けていたところ、釈迦は比丘尼に対し「あなたは実は最初に私を見た者ではない、諸法の空を観じた須菩提こそが真に私(法身)を見た者だ」と告げたという逸話を記す。
  • 大仏塔の東南の龍池は霊的な力でこの聖跡を守っており、長い年月で自然に崩れることはあっても人が壊すことはできないと伝える。