大唐西域記磔迦國

  • 要旨: 磔迦国は広大な国で、大族王による仏教弾圧とその滅亡の顛末、また旧都奢羯羅城にまつわる伝承を記す。

地理と風俗

  • 周囲万余里、東は毘播奢河、西は信度河に臨み、大都城は周囲二十余里とする。
  • 金・銀・銅・鉄を産し、気候は暑く風が強いとし、風俗は荒々しく言葉は卑しいとする。
  • 仏法を信じる者は少なく多くは天神を祀り、伽藍十か所に対し天祠は数百に及ぶとする。
  • かつては貧民救済の福祉施設が多くあったと伝える。

奢羯羅故城と大族王の興亡

  • 大城西南の奢羯羅故城はかつての王都で、数百年前に大族王(マヒラクラ)がここを治め五印度に威を張ったとする。
  • 大族王が仏法を学ぼうとした際、僧団が推挙した者が実は身分の低い下僕であったことに侮辱を感じ、激怒して全インドの仏法を破壊させたという発端を記す。
  • これに対し摩掲陀国の幼日王(婆羅阿迭多王)が抵抗し、大族王を捕虜としたが、王母の取りなしにより処刑を免れさせたという顛末を記す。
  • 大族王はその後迦湿弥羅国に逃れて王を殺して自立し、さらに健駄邏国を攻めて王族を滅ぼし千六百の伽藍と多数の民を殺そうとしたが、家臣の諫言により罪の一部を免れ、それでも多数を殺害して帰国した直後に急死し、天変地異が起きたと伝える。

世親の遺跡ほか

  • 奢羯羅故城中の伽藍は、世親菩薩が『勝義諦論』を著した場所とし、傍らには過去四仏の説法・経行の遺跡があるとする。
  • 新都城東北の石仏塔は、無憂王建立で釈迦が北方への布教の途中で滞在した場所とし、時に光を放つと伝える。