- 要旨: 烏仗那国は仏教が篤く信仰される国で、仏の前世(本生譚)にまつわる遺跡が数多く伝わると記す。
地理と仏教
- 周囲五千余里、山谷と川沢が連なる地で、葡萄を産し金・鉄を産する。
- 気候は温暖で、人々は臆病で狡猾とされ、学問を好むが深めず、呪術を得意とする。
- 蘇婆伐窣堵河沿いにかつて千四百の伽藍があったが多くは荒廃し、僧徒も一万八千から減少しているとし、大乗を学び戒律を守るが教理を究めない傾向があるとする。
- 律の伝承には法密部・化地部・飲光部・説一切有部・大衆部の五部があるとする。
- 王都は瞢掲厘城で、周囲十六、七里、人口が多いとする。
忍辱仙の遺跡
- 城東の大仏塔は、釈迦が過去世に忍辱仙として羯利王(闘諍王)に四肢を切り刻まれた場所と伝える。
阿波邏羅龍泉と仏の教化
- 城東北の阿波邏羅龍泉は蘇婆伐窣堵河の水源で、この龍はかつて人間(殑祇)だったが、農民から徴収する穀物が滞ったことに怒り毒龍となって暴風雨で作物を害するようになったという由来を記す。
- 釈迦がこの龍を教化し、暴風雨を控えるよう説いたところ、龍は十二年に一度だけ洪水を起こすことを願い出て許されたとし、以後十二年ごとに水害が起きるとする。
- 龍泉の南には釈迦の足跡が刻まれた岩や、袈裟を洗った跡が模様のように残る石があるとする。
醯羅山
- 城南の醯羅山では、釈迦が過去世に半偈(詩の半分)の教えを聞くために自らの命を捨てたという逸話にまつわる場所とする。
摩訶伐那伽藍ほかの本生譚
- 城南の摩訶伐那(大林)伽藍は、釈迦が過去世に薩縛達多王(一切施王)として国を追われた際、貧しい婆羅門に施すものがなく自ら縛られて敵王に差し出したという逸話の地とする。
- その西北の摩愉(豆)伽藍には釈迦の足跡や、正しい教えを聞くために自らの骨を折って経文を書き記したという逸話にまつわる石があるとする。
- さらに西の仏塔は、釈迦が過去世に屍毘迦王として、鷹に追われた鳩を助けるため自らの肉を割いて鷹に与えたという逸話の地とする。
薩裒殺地僧伽藍ほかの本生譚
- 珊尼羅闍川の薩裒殺地僧伽藍は、釈迦が過去世に帝釈天として、飢饉と疫病に苦しむ人々を救うため自ら大蛇に変じて肉を施したという逸話の地とする。
- 近くには同様に蘇摩蛇に変じて人々を癒したという伝承の仏塔や、孔雀王として渇きに苦しむ仲間のために崖を突いて泉を湧き出させたという伝承の池があるとする。
上軍王の仏塔
- 城西南の仏塔は、釈迦が入滅に際し烏仗那国の上軍王にも舎利を分与するよう遺言したとされ、諸王が分配を決める際に遅れて到着した上軍王が軽んじられかけたが、天人がその遺言を伝えて分与にあずかったという由来を記す。
- その傍らには、上軍王が白象に載せて持ち帰った舎利を運ぶ途中、象が倒れて石に変じたと伝わる場所があるとする。
赤塔・奇特塔と観自在菩薩の精舎
- 城西の赤い仏塔は、釈迦が過去世に慈力王として自らの血を五人の薬叉に施したという逸話の地とする。
- 城東北の奇特塔は、釈迦の説法の後に地から涌き出たと伝わる石塔とする。
- その西の精舎には観自在菩薩像があり、霊験あらたかで参拝が絶えないとする。
藍勃盧山の龍池と烏仗那国王統の伝説
- 観自在菩薩像の西北の藍勃盧山の龍池について、毘盧択迦王に追われた釈迦族の一人が旅の途中で龍女と出会い、自らの福力で彼女を人間の姿に変えて結ばれ、龍王の助言により烏仗那国王を討って王位に就いたという建国伝説を記す。
- この王家は龍女の血を引くため代々頭痛の因縁があるとし、その子である上軍王が、盲目になった母を釈迦の説法により回復させた奇跡や、釈迦の入滅に際し舎利を求めて駆けつけた経緯を記す。
達麗羅川
- 城東北の険しい道を経た先の達麗羅川(烏仗那国の旧都)は金や鬱金香を産し、末田底迦阿羅漢が神通力で兜率天に昇り弥勒菩薩の姿を写させたという慈氏菩薩像(弥勒像)のある大伽藍があり、これが仏像の東方伝来の起点になったと伝える。