大宋中興通俗演義第十回 岳飛、宗沢と兵事を語る (岳飛與宗澤談兵)

王善の帰順

  • 単騎で乗り込んだ宗沢に、王善は地に伏して迎え、宗沢の言葉に感じ入り涙を流して帰順を誓う。両者は酒宴を共にし、王善は配下を率いて東京に入城、宗沢は歓迎を受けた。
  • 王善は近隣の賊首・楊進(号は没角牛)ら数十万の勢力の招撫を志願。宗沢はこれを許し、王善は誥身を携えて京西の賊たちを説き伏せ、次々と帰順させた。宗沢はこの経緯を高宗に奏上し、車駕の還京を願う。

還京をめぐる論争

  • 黄潜善らは東京の荒廃を理由に荊・襄・江淮への巡幸を勧め、高宗もこれに傾く。李綱は宗沢の意見に従って還京を主張するが、高宗は決しかねる。
  • 宗沢は重ねて上表し、東京の治安が回復しつつあること、還京を渋る者は張邦昌の残党の思惑にすぎないと訴える。李綱もこれを支持し、高宗は宗沢の功績(戦車の建造、堅壁の構築、河北・河東の義民の統率、王善ら数十万の招撫)を聞いて感嘆し、宗沢に節制の権を与えて京師での挙事を待つよう詔した。

岳飛の失態と開德府での武功

  • 岳飛配下の兵が民の雨具を強奪する事件が起き、岳飛は軍令違反で連行される。宗沢は本来なら斬るべきところ、戴罪立功の機会として開德府救援に岳飛を差し向けた。
  • 岳飛は汜水近くで金の二将を弓で射落として大勝し、開德府の囲みを解いて凱旋。宗沢は大いに喜び、岳飛を修武郎に昇進させた。

曹州での勝利

  • 金軍が曹州に迫ると、宗沢は岳飛を派遣。岳飛は金将・斡離蒲盧を一騎討ちの末、背後から矢で射抜いて討ち取り、金兵を大破した。岳飛は武義郎に昇進する。

兵法をめぐる問答

  • 宗沢は岳飛の武勇を評価しつつ、陣図を授けて古法を学ばせようとするが、岳飛は「戦地の広狭険易は一定でなく、定型の陣図に頼るのは死法である。用兵の妙は権変と一心にある」と自らの用兵観を説いた。
  • 宗沢はその見識に深く感服し、「従軍以来これほど兵法を語り合える者はいなかった」と称賛。以後、精鋭千余人を岳飛に付けて陣法を教授させ、日々兵談を交わすようになった。