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陳書
卷三十三 列傳第二十七 全緩
出自と経歴
字は弘立、呉郡銭塘の人。初め博士の褚仲都から『易』を受け、篤志して研究し精微を得た。梁の太清初め王国侍郎・奉朝請を歴任し、まもなく国子助教に転じ司義郎を兼ねて専ら『詩』の義を講じた。紹泰元年(555年)に尚書水部郎に除せられ、太建中に累遷して南始興王府咨議参軍となり、府に随って湘州に赴いたが病で卒した。時に年七十四。緩は『周易』『老子』『荘子』を治め、当時「玄」を語る者は皆彼を推した。
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