隋唐演義第七十二回 張昌宗は儺の儀にかこつけ太后の寵を得、馮懷義は節を建てて碩貞を慰める (張昌宗行儺幸太后  馮懷義建節撫碩貞)

高宗の崩御と中宗の即位

高宗は武后の意向で治療を拒まれたまま病篤くなり崩御。武后は太子・英王李顕(中宗)を立て、韋氏を皇后とし、自身は皇太后として実権を握る。

上官婉児の登場

太后近侍の上官婉児(幼くして才知に優れる)が紹介される。中宗は父の遺志に反する太后の淫乱ぶりに諫言を試みるが逆鱗に触れ、廬陵王として房州に流され、代わりに豫王旦(睿宗)が擁立される。太后は密告政治を敷き、酷吏を用いて政敵を粛清する。

陳碩貞の乱

かつての感業寺の尼・懐清が還俗して睦州で「文佳皇帝」を名乗り反乱を起こしたことが発覚する。太后は馮懐義(かつての馮小寶)を将軍に任じ、旧知の間柄を利用して招撫に向かわせる。懐義の書状を受けた陳碩貞(懐清)は薛仁貴の討伐で夫の陳仙客を失った後、懐義と再会して降伏し、太后のもとで帰義王に封じられた。

評語

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