隋唐演義第四十五回 平原県で秦叔宝は命拾いをし、大海寺で唐万仞は義に殉ずる (平原縣秦叔寶逃生 大海寺唐萬仞徇義)
秦叔宝、軍を離れる
単全から母や妻子が捕らえられかけたことを知らされた秦叔宝は、恩人・張須陀にこれ以上迷惑をかけられないと考え、丁重な別れの書状を残して密かに軍を離れ、豆子坑の山寨へ母のもとへ向かう。途中、単雄信・賈潤甫、続いて羅士信とも合流する。
豆子坑での再会
秦叔宝は母・妻子と無事再会し、程知節・尤俊達らと歓談する。折しも朝廷が裴仁基・張須陀に李密一党と秦叔宝一味の討伐を命じたとの急報が届き、一同は瓦崗へ合流することを決め、尤俊達・程知節・秦叔宝一行も瓦崗へ移る。
張須陀の戦死
翟譲・李密の軍と、滎陽通守となった張須陀の軍が激突する。張須陀は奮戦するも李密の伏兵に囲まれ、部下の樊虎・唐万仞を逃がした後、自らは矢の雨を浴びて壮絶な戦死を遂げる。
秦叔宝の弔問
恩人の死を知った秦叔宝は深く悲しみ、単雄信・羅士信と共に大海寺で張須陀と樊虎の霊前に喪服で弔問する。かつての部下・唐万仞も駆けつけ、主君への忠義を貫き、霊前で自刎して殉死する。秦叔宝は自らも後を追おうとするが、羅士信に止められ、涙ながらに唐万仞を手厚く葬る。