隋唐演義第四十回 汴堤の緑柳に御題を下し姓を賜り、龍舟の内で仙女は艶色をもって恩を受ける (汴堤上綠柳御題賜姓  龍舟內線仙豔色沾恩)

龍舟団の出発

煬帝は蕭后と共に十隻の一号龍舟に乗り、十六院の夫人・美人は五百隻の二号龍舟に、その他の役人・物資は数千隻の雑船に分乗する。軍法さながらの厳格な号令のもと、大船団は汴渠を下り始める。

殿脚女と羊による牽引

無風の日、殿脚女たちが羊とともに岸から錦の綱で龍舟を牽く。煬帝と蕭后はその華やかな眺めを楽しむが、暑さで殿脚女たちが汗だくで喘ぐ様子を見て、煬帝は牽引を一旦中止させる。

楊柳の献策と栽植

虞世基の提案で、堤に柳を植えて日陰を作ることになる。柳一本につき絹一匹の褒賞を出すと布告すると、百姓たちが我先にと柳を植え、数日で千里の堤が緑陰に覆われる。煬帝は自ら一本を植える真似をし、柳に「楊」の姓を賜って「楊柳」と名付ける。

吳絳仙との出会い

柳陰のおかげで殿脚女たちが快活に牽纜する様を眺めていた煬帝は、三隻目の龍舟に類まれな美貌の娘・吳絳仙を見初める。蕭后の計らいで、その夜煬帝は絳仙と後宮(船内の一室)で結ばれる。

不穏な兆しと麻叔謀の断罪

その夜、空に轟音が響き船団が大きく揺れる。袁紫煙は不吉な兆しを案じ、姜亭亭(王義の妻)は民の困窮と各地の反乱の実情を夫人たちに語る。睢陽に至った煬帝は、麻叔謀が幼児を食し賄賂を貪っていた罪状と、盗まれていた伝国の玉璽が麻叔謀の手荷物から見つかったことを知り激怒する。陶柳兒一族は処刑され、麻叔謀も腰斬に処せられる。