隋唐演義第五回 秦叔宝は道中で唐公を救い、竇夫人は寺で世子を産む (秦叔寶途次救唐公 竇夫人寺中生世子)
秦瓊、唐公を救う
- 楂樹崗で李淵一行が偽の盗賊団に囲まれ苦戦する中、護送の任を終えて通りかかった秦瓊と樊虎がこれを目撃する。秦瓊は義憤にかられ、樊虎に護送中の囚人を先に関外へ運ばせ、自らは単騎で加勢に入る。
- 秦瓊は金鐧を振るって奮戦し、賊を次々と打ち倒す。多勢だった賊も秦瓊の勇猛さに崩れ、算を乱して逃げ散る。捕らえた一人の白状により、これが東宮(太子)の命による偽装した襲撃だったことが判明するが、李淵は温情をかけて解放する。
名乗らず去る秦瓊
- 李淵は命の恩人である秦瓊に礼を述べようとするが、秦瓊は名声や礼を求めず、追いすがる李淵に馬上から「姓は秦、名は瓊」とだけ告げて走り去る。李淵は風でよく聞き取れず、「瓊」を「五」と聞き違え、後々まで「瓊五」という恩人の名を心に刻むことになる。
誤って単雄忠を射る
- 追いかけようとした李淵は、向かってくる別の騎馬を残党と誤認して矢を放ち、これが潞州二賢荘の単雄忠(単雄信の兄)を誤射してしまう事件が起こる。李淵は非を認め、遺族に手厚い弔慰金を渡し、後日改めて弔問することを約束する。
永福寺での逗留と世継ぎの誕生
- 事件に心を痛めた李淵一行は、長安近郊の永福寺に一時逗留することにする。住持の五空らに手厚く迎えられ、境内で静養する中、竇夫人が産気づき、次男(後の李世民)を出産する。出産の夜には異香や瑞光が立ち込め、只ならぬ気配があったと語られる。
- 李淵は寺を汚したことを詫び、住持に多額の寄進を約束して寺の修築を申し出る。夫人の産後の回復を待ちながら、しばらく寺に留まることになる。この先の顛末は次回に続く。