前漢紀前漢孝昭皇帝紀 三年 前78年

  • 春正月、泰山で大石が自然に立ち上がった。高さ一丈五尺、周囲四十八囲、地中に八尺入り、三つの石が足となっていた。石が立ったのち、白頭の烏が数千羽その傍らに降り集まった。昌邑の社の枯木が生き返り、上林苑の枯柳は折れたまま自ら起き上がって生き返り、虫がその葉を食って「公孫病巳当立」という文字ができた。
  • 符節令で魯の人の眭弘は春秋を修め災異に通じており、上書して言った。「大石が自ら立ち、倒れた柳が起き返ったのは、庶人から天子となる者が現れる兆しです。枯木が生き返ったのは、廃された家である公孫氏が再興するということでしょう。漢家は堯の後を継ぎ、国を伝える運命にあります。賢人を求めて帝位を禅譲し、みずからは百里に封じられて天命に順うべきです」。誰がその人かは自分にも分からないとした。
  • 眭弘(孟)は妖言で衆を惑わしたとして誅に伏した。のち宣帝が民間から出て即位すると、眭弘の子は郎に取り立てられた。
  • 冬、遼東の烏丸が反乱。天子は范明友を度遼将軍に任じて撃たせ、六千余級を斬り、三王の首を獲た。