殘唐五代史演義傳第五回 黄巣、長安城に攻め入る (黃巢殺入長安城)
挙兵と勢力拡大
- 法明を斬った黄巢は藏梅寺を離れ、道中で出会った一団の人々に「自分に天下を得る運があるなら皆が帰順するはず」と念じ、彼らに問うと不第の挙子たちであることが分かる。彼らが従うことを誓ったため、黄巢はこれを得て金頂太行山で挙兵し、宋州を攻め落としたことを述べる。
- 半年足らずのうちに朱溫・尚讓・柳彥璋・柳彥隨・葛從周・鄧天王・孟絕海らを配下に加え、餓えた民の兵百万を集め、葛從周を総兵、尚讓を軍師とし、東南の州郡を奪って潼関に迫ったことを述べる。
潼関突破と僖宗の逃避
- 潼関の守将・李茂と宋真は黄巢配下の鄧天王と交戦してわずか三合で敗れ、関を捨てて長安に逃げ帰り、僖宗に急を告げる。
- 帝は驚き、さらに黄巢軍が八里橋まで迫ったとの報が入り、田令孜に対策を問う。令孜は西祁州への避難を進言し、かつて玄宗が安禄山の乱を避けて西祁州に建てた宮殿がまだ残っていると述べる。
- 僖宗は后妃らを伴い長安を離れて西祁州へ向かうことを決め、令孜は軍情が急なので同行は君主と后のみにとどめるべきだと進言し、田令孜と文武の臣が僖宗を守って長安を発ったことを述べる。
- (詩:潼関が破れ僖宗が奸臣の言により西祁州へ移ったことを嘆く内容)
黄巢の長安占領と即位
- 黄巢は僖宗が長安を離れ西祁州へ向かったとの知らせを受け、追撃を命じようとするが、葛從周は「先に宮殿を清め帝位に即いてから追撃しても遅くない」と進言し、黄巢は朱溫に長安占領を命じたことを述べる。
- 朱溫が長安の宮中に攻め入る様子を描写する。
- (詞:戦乱に荒れる唐の宮殿の凄惨な様子を詠む内容)
- 朱溫は後宮に至り、投身しようとしていた僖宗の妹・玉鑾英に出会い、その美貌に打たれて自らの素性(朱五経の子)を名乗り妻に望み、鑾英はやむなく従ったことを述べる。時は広平元年秋七月であったとする。
- 朱溫は鑾英を軍人に変装させて連れ出したことを述べる。
- 唐の金吾将軍・張方直らが黄巢を帝に推戴し、黄巢は太極殿で即位して国号を大齊、年号を金統元年とし、子の球を太子に、尚讓を太尉に、葛從周を行兵総管に封じたことを述べる。
- 唐の旧臣のうち三品以上は罷免され、四品以下はそのまま留任させたこと、その他の諸将には功に応じて爵位を与えたことを述べる。
- 黄巢が西祁州へ逃れた僖宗を追う者を問うと、朱溫が志願し、精兵一万を率いて追撃に向かったことを述べる。
- (詩:黄巢が咸陽を脅かし帝が遠方へ避難する中、朱溫が急追するも鑾英の取りなしで難を逃れたことを詠む内容)
鄭畋の迎撃
- 僖宗の車駕が数日進んだところで朱溫軍の追撃を受け、一同が色を失う中、田令孜が誰何すると、金甲玉帯に宣花斧を持った将が現れ、自らを西祁州節度使・鄭畋と名乗り、帝を迎えに来たと告げたことを述べる。
- 帝は鄭畋に追撃を防ぐよう命じ、鄭畋は必ず打ち破ると誓い、兵を整えて朱溫軍を迎え撃つ構えを取ったことを述べる。
- 朱溫の異相(長身、藍色の血のような顔、狼の牙のような歯など)を描写する。
- 後事は次回に続くと結ぶ。
評語
- 卓吾子評として、賊が両京を陥れ天子が逃げ惑う中でこそ臣下が身命を賭して立つべき時であり、鄭畋が大義を唱えて挙兵したことは、たとえ功を成し遂げるに至らずとも称賛に値すると評する。