揚州十日記四月廿七

  • 要旨: 四月二十七日、著者一家は棺の陰に隠れて丸一日を過ごす。周囲では命乞いをする者が次々と斬られ、死体が山をなす。夕方脱出すると、嫂が再び連れ去られ、幼い甥が行方不明になったことを知り、二日間で兄嫂弟甥のうち四人を失ったことが判明する。

棺の陰に隠れる一日

  • 二十七日、著者は妻の避難先を尋ね、案内されて古い棺の後ろにたどり着いた。古い瓦や荒れた煉瓦が積まれ、長く人の気配のない場所だった。
  • 著者は乱れた草むらにしゃがみ込み、子を棺の上に置いて葦の筵で覆った。妻はその前にかがみ、著者は後ろに身を折り曲げて隠れた。頭を上げれば見つかり、足を伸ばせば踵が見えてしまうほど狭い場所だった。
  • かすかに息をしながら手足を縮めて一団となっていると、ようやく心が落ち着きかけた矢先、殺戮の声が近づいてきた。刀の鍔が触れ合う音が響くたびに悲鳴が上がり、数十人あるいは百人以上もの人がいっせいに命乞いをした。

見境のない殺戮

  • 兵が一人現れるたびに、南方の人々(漢人)は多寡を問わず皆頭を垂れて伏し、首を差し出すばかりで、逃げようとする者は一人もいなかった。
  • ましてや子女たちは大勢が声を上げて泣き叫び、その哀切な声は大地を揺るがすほどであった。
  • 午後になると死体は山のように積み上がり、殺戮と略奪はますます激しくなった。

脱出と家族の消息

  • 幸いにも夕方になって著者一家はそっと抜け出した。彭児(著者の子)は棺の上で朝から晩までぐっすり眠り、泣きもせず口もきかず、食べようともしなかった。喉が渇いたときは瓦のかけらで溝の水をすくって湿らせると、また眠りに落ちた。著者は彭児を呼び起こし、抱いて共に移動した。
  • 洪おばあさんも合流し、嫂が再び連れ去られたこと、甥は襁褓に包まれたまま行方が分からなくなったことを著者は知った。まだ二日しか経っていないのに、兄・嫂・弟・甥のうち既に四人を失ったことになる。
  • 一同は臼の中に残った米を探したが見つからず、伯兄とともに空腹を抱えて夜を明かした。この夜、著者の妻は死のうとして命を落としかけたが、洪おばあさんに助けられた。