揚州十日記四月廿五

  • 要旨: 四月二十五日、督師史可法の告諭でいったん人心は安らぐが、この日のうちに清軍が揚州城内へなだれ込む。城壁は陥落し、著者一家は逐一金品を要求する兵に追われながら、夜には仲兄の家に身を寄せて息を潜める。

督師の告諭と束の間の安堵

  • 翌朝早く、督師史可法から「一人でこの事態に当たり、百姓を巻き添えにしない」という趣旨の告諭が出され、聞いた者は皆感涙した。
  • 巡回軍が小さな勝利を収めたという噂も伝わり、人々は喜んだ。

大兵入城の噂と混乱の兆し

  • 午後、瓜洲から避難してきた親類が訪れた。興平伯(高傑)の敗残兵を避けてのことだった。督師は高傑に対し、揚州城の外へ遠く退くよう命令を出していた。
  • 著者の妻は久しぶりの再会に涙した。その頃には「清の大軍が城内に入った」という噂を口にする者も一、二人現れていた。
  • 著者が急いで人に尋ねると、ある者は「靖南侯黄得功の援軍が来た」と言った。城壁の上を見ると守備兵はまだ整然としていたが、市中に出るとただならぬ人の声が満ち、髪を振り乱し裸足で逃げ惑う者が続々と現れた。誰に尋ねても要領を得なかった。

史可法の敗走と城壁の陥落

  • 突然、数十騎が北から南へ狼狽して駆け抜けていった。その中に督師史可法の姿があった。東の城門へ向かおうとしたが敵兵に阻まれ、南関へ逃れようとしていた。この時、初めて敵兵の入城が確実になったことを著者は知った。
  • 城を守っていた兵たちは次々と逃げ崩れ、甲冑を脱ぎ捨てて武器を投げ捨て、転んで頭や足を傷つける者も出た。城壁上の見張り台はたちまち空になった。
  • 督師は以前、城壁が狭く砲を展開できないため、城垛(女墻)に板を渡し、内側を民家に接続させて余地を作らせていたが、その工事が終わらぬうちに敵兵が白刃を振るって城壁に登ってきた。
  • 守備の兵民は我先にとその板へ押し寄せたが、板は固定されておらず、足を掛けるとたちまち傾き、人が木の葉のように次々と落ちて、十人のうち八、九人が死んだ。民家の屋根に着地できた者も瓦を踏み割り、剣戟が打ち合うような音、雹が飛び散るような音が絶え間なく響いた。
  • 屋内の人々は恐れおののいて逃げ惑い、堂の内外から寝室の奥まで、屋根から下りてきた守備兵や民が隠れる場所を求めて右往左往したが、家主にはそれを止めることもできなかった。表通りの家々は皆戸を閉ざし、物音を潜めていた。

王師を迎える相談と著者の対応

  • 著者の広間は城壁に面しており、窓から城壁上を覗くと、兵が南から西へ隊列を組んで整然と進む様子が見え、雨の中でも乱れがなかったため、規律ある軍かと思い、少し心が落ち着いた。
  • そこへ急に門を叩く音がした。隣人たちが「王師を迎えよう」と申し合わせ、香を焚いて案を設け、抵抗の意思がないことを示そうとしていた。著者はこのやり方は正しくないと思ったが、周囲の意見に逆らえず、曖昧に応じた。
  • 服を着替えて待ったが、なかなか兵は来なかった。著者が再び窓から城壁上を窺うと、隊列はまばらになり、行きつ止まりつしていた。やがて、婦女を連れた一団が混じって見え、その服装はどれも揚州の風俗であることに気づき、著者は初めて大いに驚いた。
  • 著者は妻に「兵が城内に入った以上、万一のことがあれば自ら命を絶て」と告げた。妻は承諾し、「金子はいくらかあるので、あなたが保管して。私たちはもう生きて再会することはないでしょう」と涙ながらに金をすべて著者に渡した。
  • そこへ近隣の者が駆け込み、「来た、来た」と叫んだ。

索金の兵による家探し

  • 著者が外へ出ると、北から数騎がゆっくりと馬を進めて来るのが見えた。王師を出迎えようとする者に対しても、うつむいて何か言葉を交わすだけであった。
  • この頃、人々は互いに離れて息を潜め、近くにいても声が届かなかったが、近づいてようやく、家々を回って金銀を取り立てていることが分かった。それでも要求の程度はさほど過酷ではなく、少し差し出せば済むこともあったが、応じない者には刀を突きつけることもあった。後に、金一万両を捧げても結局殺された者がいたことを著者は知った。それを手引きしたのは揚州の人であった。
  • ある騎兵が著者の家を指し、後続の騎兵に「藍衣を着たあの者から取り立てよ」と命じた。後続の兵が手綱を放そうとした隙に著者は逃げ去った。兵は著者を追わず馬に乗って去った。
  • 著者は「自分は田舎者のような粗末な身なりなのに、なぜ狙われたのか」と考えた。弟や兄が駆けつけ、「この付近は左右とも裕福な商家ばかりだ。自分たちも富商と見なされているのではないか」と話し合った。

仲兄宅への避難

  • 一家は急いで人目を避けた小道を通り、伯兄・弟が婦女を助けながら雨の中、仲兄の家へ向かった。仲兄の家は何家の墓地の裏にあり、周囲は貧しい家ばかりであった。
  • 著者は一人残って様子を見ていたが、まもなく伯兄が「大通りには血が流れている。ここに留まるくらいなら、皆で命運を共にした方がまだ悔いが少ない」と言いに戻った。
  • 著者は先祖の位牌を奉じて兄とともに仲兄の家へ移った。このとき、両兄・弟一人・嫂一人・甥一人、さらに妻一人・子一人、外姨二人、内弟一人の合わせて多人数が仲兄の家に身を寄せていた。

屋根裏の夜と城内の火災

  • 日が暮れると、大軍が人を殺す声が門の外まで届くようになり、一家は屋根に上って一時身を隠した。雨はさらに激しくなり、十数人が一枚の毛氈を分け合ったため、皆髪も衣も濡れそぼった。
  • 門外からは絶え間なく哀痛の声が聞こえ、耳をつんざき魂を凍らせるようだったが、夜が静まるのを待ってようやく屋根から下り、火を熾して食事を作った。
  • 城内の四方から火の手が上がり、近いところで十数か所、遠くは数え切れないほどであった。赤い光が霞や稲光のように反射し、爆ぜる音が耳に絶えず、かすかに人を打つ音や悲痛な声も混じって聞こえた。
  • 食事ができても、一家は互いに顔を見合わせて涙を流すばかりで、箸を取ることもできず、何の対策も立てられなかった。
  • 著者の妻は先に渡された金を四等分し、兄弟それぞれの髷や履物、衣帯の中に隠した。妻はさらに破れた綿入れと古靴を用意して身なりを替え、一同は一睡もせずに夜明けを待った。
  • この夜、空中で笙や篁のような、また幼児の泣き声のような鳥の声が、まるで頭のすぐ上から聞こえてくるようだった。人々に尋ねると、皆その声を聞いていた。