帝王略論卷四 齊明帝

斉明帝への評

  • 問い:斉の明帝は元来藩王の身から帝位に就いたが、これは巡り合わせの運というべきか、それとも人が望んで得たものを負って進んだのか。
  • 答え:『左伝』に「天が季氏を生んだのは魯侯を弱めるためだ」とある。天命が特定の人物に集まるのは古くからのことである。斉の高帝・武帝の子孫は互いに輝き合い、みな藩屏として封を分け与えられ、宗室の一族は磐石のごとく優れた人材も少なくなかった。しかし明帝は猜疑心が強く自らの死後を憂え、誅殺を重ねて蘭も雑草も区別なく焼き払うようにし、東昏侯(蕭宝巻)に重責を委ね、七百年の国運の存続を願った。宋の孝武帝と同様の轍を踏んだと言える。しかし秦を滅ぼしたのは胡(人事ではなく天命)であったように、東昏侯の名にすでに滅亡の運命が刻まれていたのであり、明帝の行いはむしろ後代のために王朝を掃除する役割を果たしたにすぎない。