帝王略論卷三 謝安
謝安への評
- 問い:謝安は宰相として、誰と比べられるか。
- 答え:かつて顧雍が封侯に叙せられた日も家人がそれを知らなかったといい、前代の人々はその賢を称えた。それに比べても、東晋は衰微し江南は疲弊し、異民族の侵攻が相次ぎ国境は日々騒然としていた。まして苻堅は英主として百万の軍を自ら率い、苻融は名将として鋭鋒を率いて先陣を切り、竇衡・張蚝ら勇将の武威を振るい、あらかじめ賓館を築いて晋の都に入る準備さえしていた。強弱の差は鴻毛と泰山ほどにも及ばないほどであった。しかし謝安は動じることなく、桓冲の援軍を固く辞退し、謝玄の書状にも喜ぶ様子を見せなかった。勝敗の帰趨はすでにその胸中に定まっていたのである。この人物は、わずかな万戸の封地ごときで心を動かす人物ではない。その度量を論じれば、近古以来、並ぶ者を見ない。惜しむらくは、八元・三傑(古の賢臣たち)と肩を並べ、太階(三公の位)に上って太平の世を輔けるまでには至らなかったことである。