帝王略論卷三 晉惠帝
晋恵帝への評
- 問い:恵帝の時代には張華・裴頠が王室に忠義を尽くし、危難を救おうとした。それでもなお南面する君主として国を保てたはずなのに、なぜ危難を座視して救えなかったのか。
- 答え:晋は太康年間の末以来、風教が乱れ、世俗の澆薄(人情の薄さ)が久しく続いていた。ましてや恵帝は生まれつき愚かで、賈后は生来兇暴で狡猾であった。兇暴狡猾な性質が愚鈍な資質を操ったさまは、原野に猛火を放って水を注ぐようなものであった。楊駿が滅ぼされて以降、誅殺が相次ぎ、八王が互いに争い、異民族が隙をうかがい、綱紀は一時に崩壊した。これは希代の英雄でなければ正せない事態であり、張華・裴頠のような文人の儒者では到底手に負えるものではなかった。