帝王略論卷三 晉景帝與晉文帝

司馬師(景帝)・司馬昭(文帝)兄弟への評

  • 問い:晋の景帝・文帝の兄弟は相次いで宰相となったが、二人の功績・徳行はどちらが優れているか。
  • 答え:景帝(司馬師)は若くして名節を重んじられ、当時の人々から重んじられた。何晏が「深慮によって天下の志を通じさせるのは夏侯玄、機微を察して天下の務めを成し遂げるのは司馬子元(司馬師)だ」と評したのはこのことである。夏侯玄・曹爽らを誅した際にはすでにその智略が明らかで、毌丘倹・文欽の反乱を単独の軍で平定した点にその英知の大きさが見える。魏の権力を実質三分の一以上握りながら終生臣下の礼を守り、威名が主君を凌ぐほどでも臣節を欠かず、諸侯の位のまま生涯を全うした点は美点というべきである。
  • 太祖(司馬昭)は跡を継ぎ、内乱を鎮め、南は淮海を平定し、西は蜀を平らげ、いずれも短期間で成し遂げた功績は大きい。ただし高貴郷公(曹髦)が即位すると、聡明で聞こえた曹髦に対し、忠誠を尽くして輔佐せず、伊尹・周公に擬えられるべき立場にありながら、曹髦を偽って殺害し、その罪を成済に着せた。この自ら招いた不節義な行為は生涯の汚点として消えることなく、悪名を残す結果となった。