帝王略論卷一 平王

生涯

  • 平王は名を宜咎(宜臼の誤りか)といい、幽王の太子である。
  • 犬戎の難を避けて東の洛陽に遷都し、これ以降周室は衰えた。
  • その後二十二世を経て赦王(赧王の誤りか)の代に秦に滅ぼされた。

史論

公子は「平王は弱腰で東に遷り、豊・鎬の地を捨てた。これは綱紀を張って国を治めることと相反するのではないか」と問うた。先生は「昔、紀の季が酅の地を斉に差し出して本国の祭祀を存続させたことを春秋は善しとしている。平王も遷都後二十余世、子孫が絶えることなく三百年近く続いた。これは太王が岐山に居を移したのと同じ理である。徳と力を量って身の処し方を決めたまでで、非難には当たらない」と答えた。