醉古堂劍掃巻十二 倩(風情についての清言)(醉古堂劍掃 卷十二 集倩)

序(この巻の趣旨)

  • 「倩」(優雅な魅力)はそう多く得られるものではない。美人にはその気品があり、名花にはその趣があり、青山緑水にはその豊かな姿がある。それらに加えて、山に籠る風雅な人士が景色と情が響き合う瞬間にふと発する一言もまた、その気品・趣・豊かな姿を余すところなく体現し、名花に微笑みを誘い、美人の歌に彩りを添え、山水の清らかな響きを引き出すことができる。そうした言葉はめったに得られないものだとして、この「集倩」の巻を編んだ。

閑居と自然に遊ぶ楽しみ

  • 心が通じ合う場所には荘子の濠水・濮水の情趣が自ずと生まれ、魚や鳥にも親しみを覚えるという句、寝そべっている時こそ羲皇上人(陶淵明のような太古の人)の心地であり、わざわざ秋月涼風を求める必要はないという句。
  • 満月の下、花影が入り乱れる中で地べたに座って軽く酒を酌み交わし、青山を鳥の声を聞きながら幾度も春を尋ねては長く詩を吟ずるという句。
  • 山に入って薬草を採り、水辺で魚を捕らえ、緑樹の陰の鳥だけが通う小径を行き、石を掃いて琴を弾き、簾を巻いて鶴を眺める、白雲の奥にひっそりと住む暮らしを描く句。
  • 沙村の竹の色や霜のような月明かりの下、杖をついた隠者と共に歩く情景、松の陰と雪のような白雲の下、孤独な鶴とともに寝台を払って眠る情景を詠う句。
  • 香を焚き木々を眺めて俗事を忘れ、簾越しに花が落ち、松の梢に月が昇り、鐘の音がふと響く、窓を推し開けて天の川や流れる雲を仰げば昼間よりも趣深い、こうした境地は心を洗い清めた者でなければ味わえないという句。
  • 紙の窓と竹の家、夏は葛の衣、冬は皮衣、食後にぐっすり眠り、真昼から酔いしれる、それだけで満ち足りているという句。
  • 碣石の朝霧を収め、蒼梧の夕雲を集める、八月の筏が寒い光の中を静かに去り行き、三神山の宮殿が清らかな影を湛えて遠くにつながる、といった幻想的な情景を描く駢句。
  • 三楚の暮れゆく空を望む楼閣、六朝の故地に広がる草叢、新しい釣り舟が秋の水辺を移り行き、蓮の花咲く洲で古い蓮衣を払う情景、三年来変わらぬ心の言葉、癒えぬ病の香りといった感傷的な句が続く。

典故を交えた風雅な対句と逸話

  • 趙飛燕は歌舞を自ら賞し、その仙風は縐(しわ)のある裙に留められ、韓昭侯は笑みを軽々しく見せず、その倹徳は破れた袴に表れた。二人とも一つの物によって名を残したが、その境涯は大きく異なる、という逸話的な対比。
  • 翠微山から来た僧の衲衣が松の雲に染まり、狭い部屋の古びた経巻の傍らで石磬が芭蕉の雨に沈む情景、黄鳥が情に富み夢の中で酔客を呼び、白雲が意気消沈して人けのない場所に隠者を慰めに来る情景。
  • 鳥同士が語り合うように親しみ合い、香りが絶えず花と樹に満ちる様に彼我の区別のない真の機微を見、山の色が水と遮られることなく続き天の光が水と常につながる様に上下を貫く真の境地を見るという句。
  • 美女は化粧を求めずとも疎らな雲が淡い月に映えるように美しく、禅師は虚無にこだわらずとも碧い沼に青蓮が咲くように悟りを表すという句、書を好む者は自ずと画法で書を作り、酒を好む者は自ずと茶法で酒を飲むという句。
  • 詩に俚言を用いるのは民謡を採る者の本意ではなく、隣人と俳句めいた戯言を交わすのは払塵(清談)の恥を招きかねないという句。
  • 肥えた土地に梅を植えても茂るばかりで趣に欠け、豊かな土地に竹を植えても盛んなばかりで質が堅くない、竹林や松の垣は目を楽しませ、それだけで一段の清閑となり、園亭や池榭はわずかに身を容れるだけで半生の楽しみとなるという句。
  • 南の澗のほとりで頭巾も被らずくつろげば簾越しの月を独り占めでき、北窓で腹を出して寝ころべば一榻の清風があれば十分だという句、書物を開いて風の当たる寝台に横たわり、雨の窓辺で碁を囲むという句。
  • 洛陽では梨の花の頃、人々が酒を持って木の下に集い「梨花のために化粧を洗い落とす」と称した風習が紹介される。
  • 緑が林や岸辺を染め、紅が渓流に映えて消えていくという句で、この段は結ばれる。

四季の風物と賞花の逸話

  • 夕陽の外に鳥の良い声が響き、小さな庭に春風がひとむら吹くという句、柴門に客が来れば清らかな盃で江上の月を開き、蓬を刈る人もなければ孤独な寝台で雨中の山と向き合うという句。
  • 山鳥が百花に春の紅を鳴き惜しみ、隴の雲に愁いを寄せて四方の夕暮れの碧を閉ざすという句、澗の水を鶴がいつも飲み、山頭には花を植えぬ場所がないという句。
  • 二本の杵で立つ茶の煙は陸羽(陸君)の竈をそのまま載せたようで、半床の松月は揚雄(楊子)の書斎を覗くようだという句、雪の後の梅を尋ねる詩客の忙しさ、霜の前の菊を訪ねる隠者の満足を対にした句。
  • 帳の中の蘇合香が孔雀の羽の香炉から立ち消え、欄干の外の糸遊が竜の髭のような簾に半ば織り込まれるという句、痩せた竹は幽人のようで、幽かに咲く花は処女のようだという句。
  • 朝起きて窓を開けば紅の雨が乱れ飛び花が笑うようで、緑の木がざわめけば鳥が啼くよう、靄が消えては雲が渡り、藻や荇(藻草)が数えられるほど池は静か、そよ風に簾が青々と、林が空いて月が差し込み、庭が静まり返る。山門は昼も閉ざされているが訪れる隠者は多く、書物は人任せでも机上の閑な書物は多い。仏を長く供養する者の禅心にも閑な想いや閑な言葉が満ち、閑の中の味わいは実に楽しいという長句。
  • 吝嗇な心が一度消えれば白雲すら客に贈ることができ、心の澱がすっかり消えれば明月もまた人を照らしに来るという句、川が流れ雲が留まるのを見て杜甫の高い風格を想い、月が昇り風が吹くのを見て邵雍(尭夫)の雅な趣を偲ぶ、清風朗月・酒盞詩筒があれば天下の憂いを消すことができ、門を閉じて高く臥せば人の世の覆雨翻雲(浮沈常なきこと)に構う必要もないという句。

閑適の情景と友の分類

  • 上等な客が長居すれば花や木に清らかな趣が加わり、隠者が門を叩けば苔むした庭に淡く艶やかな風情が生まれるという句、雨の中で寝台を並べ花の下で杯を飛ばし、舟を進めて長い波に髪を散らし月を弄び、簫や笛を吹き鳴らして水面に舞い上がる、白露を食み天の川を袖に収めるという豪奢な句。
  • 真夜中、松の下に胡坐をかいて皎々たる月と親しみ、心地よく満ち足りるという句、香は遠くで焚き、茶はその場で煮え、山は秋に登るのがよいという句。
  • 中郎(袁宏道)が花を賞するには、茶で賞するのが上、語らいで賞するのが次、酒で賞するのが下であり、まして俗な言葉を交わすなど花神が最も嫌うところなので、口を閉ざして静かに座る方がましだと述べた話が紹介される。
  • 花を賞するには場所と時があり、時を得ずに客を招くのは花への無礼であるとして、寒い花には初雪・雨上がり・新月・暖かい部屋が、温暖な花には晴天・軽い寒さ・広間が、暑い季節の花には雨上がり・爽やかな風・木陰・竹下・水閣が、涼しい季節の花には爽やかな月・夕陽・空の階段・苔の小径・古藤や巉石のそばがふさわしいとされ、風や日を選ばず場所も選ばなければ、妓楼や酒場の花と変わらないと戒める。
  • 雲霞が変化し風雨が空を渡る中、終日静かに座っていれば清風が心地よく吹くという句、笛の名手が山水の景勝地で馬上、風に吹かれながら数曲を奏でるという句、心の中の事、目に映る景色、想いの中の人を並べる短句。
  • 庭の花はそれぞれの時に咲き、その趣にふさわしい呼び名で客として扱う。梅花は「索笑客」、桃花は「銷恨客」、杏花は「倚雲客」、水仙は「凌波客」、牡丹は「酣酒客」、芍薬は「占春客」、萱草は「忘憂客」、蓮花は「禅社客」、葵花は「丹心客」、海棠は「昌州客」、桂花は「青雲客」、菊花は「招隠客」、蘭花は「幽谷客」、酴醿は「清叙客」、臘梅は「遠寄客」と呼ばれ、これらの客をもてなす主人たるにはまず自身が閑でなければならないという句。
  • 馬蹄が木々の間に入り鳥の夢を破り、月の光が橋いっぱいに満ちて人影が現れるという句、無事な時は韻書を読み、酒がある時は風雅な友を招くという句が続く。

秋の情景と暮らしの中の逸話

  • 紅蓼の生い茂る渚、青々とした古い岸辺、西風が顔に吹きつけ風雪が頭を打つ中、蓑と笠を着けて釣竿を手に霧の水辺に立つ姿は、まるで米芾の『寒江独釣図』の中にいるようだという句。
  • 馮惟一は杯の酒を楽しみとし、酔えば琵琶を弾き、弾き終えれば詩を賦し、詩ができれば舞い立ったので、当時の人々はその俊逸さを愛したという逸話。
  • 風が松に当たって曲を成し、泉が石を巡って文様を生むという句、秋風の中で纜を解き、蘆葦を見渡せば白露が江を横切り、情景はこの上なく凄絶で、驚いて飛び立つ孤雁、遠近に広がる秋色、舟を泊めて横たわり酒を沽い賭け事に興じるうち、俗事はすべて秋の水と蘆の花に委ねられるという句。
  • 二つの禅榻を設け、一つは自分のため、一つは友を待つためとし、友が来なければ懸けておく。「陳蕃の榻は孺子(徐稚)を懸けて待ち、長史の榻は休源のために専ら設けられた」という故事になぞらえ、この禅榻の傍らには俗人の膝を容れず、詩魔や酒に狂う心もこの榻によって醒まされるという句。
  • 野の水辺に立ち込める靄に心を留め、寒山の月にゆったりと漂うという句、春夏の頃には麦畑を散策し、秋冬の頃には稲場でほろ酔いになる、麦の波が銀のように翻り着物の裾に迫るのを見て喜び、稲の香りが地を覆い新酒が樽に溢れそうなのを楽しむ、村里で趣を得るならば、あえて草野に身を置く方がよいという句。
  • 雲の村に旅する客が芭蕉に打つ雨音を笙や竽のように愛でる様、山中の隠者が『易』『礼』を読み、酒の後に鶴に乗ってやって来るのは韶(舜の音楽)を聞くのに劣らないという句。
  • 茂った木陰で涼み、冷たい泉で身を洗い、冷たい風に逆らって歩く爽快さを詠う句、書巻を開けば氷の壺に座って竜蔵を眺めるような心地になるという句、春に芽吹く新筍は茶に供するのに適し、雨後の珍しい花は客をもてなすのにふさわしいという句。

友の分類と飲酒・観書の場面

  • 花を賞するには豪放な友を、妓を見るには淡白な友を、山に登るには俊逸な友を、舟に浮かぶには広闊な友を、月に対するには冷静な友を、雪を待つには艶やかな友を、酒を酌むには風雅な友を選ぶべきだという、友の性質による分類。
  • 客に薬の処方を書くのは病が多いからではなく、門を閉じて野史を聞くのはただ暇をつぶすためだという句、年が暮れて風雨が寂しく、紙の窓と竹の家で灯火が青く揺れる、そんな時にこそ小さな楽しみを得るという句。
  • 山鳥が夜ごと五更に五度鳴き騒ぐのを「報更」と呼び、山中の飾らない時報であるという句、韻を分けて詩を作り花の下酒の後に興じ、門を閉じて鶴を放てば主が去っても客が来るという句。
  • 花を瓶に挿すには、俯き加減や高低、傾きや疎密にすべて意態を宿らせ、画家の写生の趣を得てこそ良いという句。
  • 酒の飲み方にも時と場に応じた作法があり、儀礼的な酒はゆったりと、無礼講の酒は優雅に、病の時の酒は少量に、憂いの酒は酔うまで、春の酒は郊外で、夏の酒は庭で、秋の酒は舟で、冬の酒は室内で、夜の酒は月の下でというように分類される。
  • 甘い酒は病の客に、辛い酒は大酒飲みの客に、苦い酒は豪放な客に、淡い酒は清らかな客に、濁った酒は俗な客にふさわしいという分類。
  • 書物を読むにふさわしい情景として、欄干に寄りかかり笛を吹きながら、香を焚いて静かに座りながら、麈尾を振って清談を交わしながらなど、また川辺には帆影、山には靄、庭には柳、寺には松や竹、渓には漁師や樵・鷺、花の前には美人や鸚鵡、そのほか霧の彩り、澄んだ天の川、雲一つない大空、雨上がりの重なる山並み、高くそびえる山、斜めに連なる城郭、窓を開けて海の日の出を望むこと、頭巾を脱いで天風に横たわること、嘯くこと、詠ずること、終日碁を打つこと、酒を酌むこと、詩を作ること、清らかな夜に寝台を並べることなど、あらゆる場面が読書にふさわしいと列挙する長句。

月・花・酒と暮らしの美意識

  • 清らかな夜、石の寝台に独り座れば花の香がひそかに漂い、松の影が入り乱れる、そんな時は黄鶴楼に登らずとも、張懐民を訪ねずとも、『満庭芳』を歌わずとも十分だという句。
  • 茅屋と竹窓、一榻の清風で客を招き、茶炉と薬竈、半簾の明月が人を覗くという句、露に濡れた花の香が朝の草鞋を湿らせ、涼しい松風が寝床に涼を生むという句。
  • 緑の葉が斜めに垂れる桃葉の渡し場で秋の月を弄び、青い簾の掲げられた杏花村で幾度も春の衣を質に入れたという句、柳の綿が珠簾に舞い込めば頭巾を脱いで硯を洗い、詩の草稿が錦の文字に整えば竹を焼いて茶を煮る、良い友と集えば着物をくつろげ、韻を分けて険しい字を競い合い、たちまち青山の姿を描き麗しい句を詠み、傍らでそれを品評するのは大いに心を開く楽しみだという句。
  • 木の枕は硬く、石の枕は冷たく、瓦の枕は粗く、竹の枕は音を立てる。籐を骨とし漆を肌とした枕は背が丸く滑らかで額は方形で通っている、これは荘子(蒙荘)の胡蝶の夢の庵、また華陽(陶弘景)の眠りの机であるという、枕にまつわる風雅な描写。
  • 小橋に月が昇り、星の光を仰ぎ見れば浮雲が行き来し、牛渚のあたりに映える、これもまた一種の晩の眺めだという句、俗世の病を癒すには書物に如くものはなく、酒に酔った狂気を鎮めるには月に如くものはないという句。
  • 明るい窓と清潔な机、良い香りと苦い茶を前に、時には高僧と禅を語り、豆棚と菜畑、暖かい日と穏やかな風の下、暇があれば友人の怪異譚を聞くという句、花の盛りが開いては散り、月の色が陰ったり晴れたりするうちに興は尽きず頭を掻きながら躊躇い、詩は半ば拙く半ば巧み、酒の態は半ば醒め半ば酔い、身体が健やかであれば落ちぶれていても心のままに過ごすという句。
  • 月にはそれぞれふさわしい場所と季節があるとして、寒潭・絶壁・高閣・平台・窓紗・簾鉤・苔階・花畑・小酌・清談・長嘯・独り歩き・掻首・膝を寄せ合うことに合う湾月、樽と酒に合う春月、寝床に合う夏月、砧を打つ音に合う秋月、書物に合う冬月、簫に合う楼の月、笛に合う江の月、笙に合う寺院の月、琴に合う書斎の月、紗の厨に合う閨閣の月、弦楽に合う遊里の月、旗竿に合う関山の月、見張りの太鼓に合う戦場の月、美人に合う花の月、道士に合う松の月、隠士に合う蔦の月、俊英に合う桂の月、老僧に合う山の月、良友に合う湖の月、柳に合う風の月、梅に合う雪の月など、細かに分類する長句が続く。片月は花の梢・楼頭・浅瀬・杖をつく人・幽人・孤鴻に、満月は江辺・庭園・宴席・華やかな灯火・酔客・妙妓にふさわしいとする。

香・出世の法と幽居の情景

  • 仏典に「沈香を細かく焼き、火を見せてはならない」とあり、これが焼香の奥義の言葉であるという句。
  • 石の上の藤蔦、垣根の薜茘、小さな窓の幽かな趣は深山にも勝り、明月清風を加えれば俗世を超えた情趣を存分に味わえるという句。
  • 俗世を出る法は門を閉ざすに如くはなく、掌ほどの小さな庭に草木が生い茂り、鳥や魚が行き交い、水辺の小屋で書を広げて端座すれば、まるで秦を避けた桃源郷のように世間から隔絶されるという句。
  • 山には泉が、小径には竹が必要で、歴史書を読むには酒を欠かせず、禅を語るには美人がいなければならないという句。
  • 幽居は俗世を完全に絶つものではないが、日々の用事も交遊も接待も、すべて俗世の外にあるかのようで、花が召使いとなり鳥が笑い話の相手となり、渓流やせせらぎが酒肴の代わりとなり、書物が師となり竹石が友となる。雨音や雲の影、松風や蔦にかかる月が一時の豪興の歌舞となる、情景は濃やかでありながら清らかな趣を保つという句。
  • 蓬の窓を夜に開けば月は霜より白く、漁火の灯る沙洲に寒い星が集まる、旅の身の悲しみも忘れ、ただ煙る水辺に心惹かれるという句。
  • 欲のない者の言葉は清く、しがらみのない者の言葉は達する、口や耳を通じて心の窓が忽ち開かれるからこそ、俗情に染まらない者だけが法を説いて人を導けるという句。
  • 川のほとりで朝早く座っていると、櫓の音がふと聞こえ、山川への思いが自然と湧き上がるという句、舞い終えて纏頭(祝儀)に贈るものと言えば松の枝で作った簪、酒の借りを返せぬ代わりに楡の莢を拾って来るという句、真夜中、人知れぬ所で明月が詩作を促し、春三月に客が来れば香風が酒宴に漂うという句が続く。

花鳥風月への感興

  • 澄んだ世界とは何かと問えば、一面の碧水が空を映すことだと答え、遊び足りぬ思いとは何かと問えば、半ば石段を埋める青苔が雨に濡れて残ることだと答える句。
  • 村の花や道の柳は旅人の衣にかかる塵であり、山の霧や江の雲は旅装の担い手にまとわりつく色であるという句、真の情をどこに求めるかと問えば、笑いを買うより愁いを買う方がよく、命を懸ける力をどこに求めるかと問えば、功を用いるより過ちを用いる方がよいという句。
  • 草鞋を履いたばかりで翠微の山の色を思い出せば両足はまた山の雲を巡り、舟を止めたばかりで新たな波の音を聞けば一葉の舟はまた煙る水辺を漂うという句。
  • 味わいが濃いほど情が淡くなるのは霜に染まった林の紅葉であり、香りが近いほど神韻が遠のくのは秋の水に浮かぶ白蘋であるという句、竜女が氷の絹を洗えば一帯の水痕が寒さに耐えられぬほど冷たく、姮娥(嫦娥)が仙薬を携えれば半分の袋に月の魂の香りがなお残るという幻想的な句。
  • 秋深い山荘では野の鶴が澄んだ夜の月に鳴き残し、春暮れの江の庭では杜鵑が散る花の風に鳴き止むという句、石の洞で仙人を尋ねれば緑玉を嵌めた黒藤の杖、苔むした磯で釣り糸を垂れれば紅い羽が白鷺の蓑に混じるという句。
  • 夕暮れの村里の人声は白社(隠士の集い)の煙の彼方に遠ざかり、朝の市の花売りの声は紅楼の夢を驚かして破るという句、机上の峰石は四壁に冷たい煙雲を宿すが胸中の丘壑には及ばず、枕辺の渓の音は寝台に半ば寒々とした滝を生むが舌の下に鳴る泉の味には及ばないという句。
  • 小舟が空しく浮かべば関所の税を免れるほどの愁いを得、独りの杖が深く分け入れば煙雲を懐に閑かに夢へと誘い込むという句。

さらなる感興と隠棲の理想

  • 静まり返った堂は昼も閉ざされ、清風がふと良き友のように訪れ、虚ろな窓は夜も明るく、明月が旧友に劣らぬという句、朝、梁王の苑に入れば雪が群山を覆い、夜、庾亮の楼に登れば月が千里を照らすという故事を踏まえた句。
  • 名妓が経を繙き、老僧が酒を醸し、書生が箸を借りて兵法を談じ、鎧を着て高きに登り賦を作る、そうした風雅な取り合わせは羨ましく趣を増すが、屠殺場の主人が精進料理を口にし、仲買人が文章を論じ、下男が着飾って仏門に縁を求め、束脩(入門の礼)を持って名刺を差し出すような取り合わせは、かえって風流を損なうという句。
  • 酒楼に高く臥せば紅い朝日も詩の夢を覚まさせず、花畑で気ままに書けば白雲がいつも墨の香りを帯びるという句、美人を見るのは花を見るのと同じで清らかで艶やかであり遠くから見るような近くから見るような趣を貴び、高潔な人を見るのは竹を見るのと同じで瀟洒でありながら密でも疎でもない趣を貴ぶという句。
  • 梅は清絶と称されるが羅浮山の妖しい魂(梅の精の伝説)をなお帯び、竹は本来蕭疎であるが湘妃(娥皇・女英)の涙の跡(斑竹の伝説)に耐えないという句、貧しい秀才の暮らしは一年中凶作のようであり、老いた隠者の外出はどこもかしこも通い慣れた道であるという句。
  • 眉を晴れやかにできないなら、せめて山に月が昇る時にそうあればよく、目を開いて視野を広げるなら、水と雲の深いところに向かうのがよいという句。
  • 劉伯倫(劉伶)は壺と鋤を携え「死んだらそこに埋めよ」と言った、まことの酒仙であり、王武仲は関を閉ざして花を守り、踏み荒らすことを許さなかった、まさに花の奴隷であったという逸話。
  • 一声の秋雨、一列の秋雁は一室の清らかな灯りを消すことができず、一月の春の花、一池の春草はかえって一生の春の夢を掻き乱すという句、夭桃や紅杏は一時、東風に委ねられ、翠竹や黄花はこの先ずっと閑の伴となるという句。

隠逸の理想と結び

  • 花の影が乱れ、花の魂が夜に咲き匂うと、思わず微笑んでしまい、蝋燭が尽きても眠れないという句、花の陰が流れる影は庭いっぱいの舞衣のようであり、水の音が飛び散る様は谷いっぱいの歌板のように聞こえるという句、一片の秋の色は旅人の病を癒し、半声の春の鳥はかえって愁いを呼び起こすという句。
  • 心に通じる言葉は解さないままに解するのがよく、根拠のない話は聞かないままに聞くのがよいという句、雲が寒潭に落ちれば水鏡が俗塵にまみれた顔を洗い清め、月が深い谷に流れれば山の粧いの淡い眉墨を拭うという句。
  • 香りを尋ねる者は奥深い小径の蘭を追い、風雅を知る者は深山の竹を極めるという句、花間の雨上がりに蜂が薔薇の花びらに群がり、柳の下で童が帰ればわずかな檐卜(くちなしの花)の香りが漂うという句、隠者の行く所には霞が冷え、仙女の来る時には雲雨が香るという句。
  • 苔に散った紅い花は錦の敷物に見立てられ、草の香りと花の艶は美しい女性に見立てられる、山鹿や渓の鴎を心の友とし、水の音や鳥の囀りを音楽とし、毛織りの衣を絹に見立て、山の雲を主客に見立てる、根のついた野菜は美食に劣らず、葉のついた柴の門は立派な邸宅に劣らないという句。
  • 郊外に構えた住まいには規律があり、茅葺きの東屋や草の家、いばらの垣や竹の籬は決まった形なく淡々として絵のようであり、花は紅白入り混じり木々は列を成さず、悠々自適な様子はまるで仙境のようだという句。
  • 墨の池が寒さで凍りかけると氷が筆先に花のような模様を分かち、香炉の煙が立ち始めると簾の前の霧と入り混じって消えないという句、青山が門にあり白雲が戸に当たり明月が窓に至り涼風が座に払う、そのような名勝はみな仙境のようで、五城十二楼(仙人の宮殿)もかえって余計に思えるという句。
  • 声も色もともに清らかであるとはどういうことかと問えば、松風や水面の月ですらその清らかな輝きに及ばないと答え、精神も情もともに透徹しているとはどういうことかと問えば、仙露や明珠ですらその朗らかな潤いに及ばないと答える句。
  • 「逸」という字は山林の趣を表す肝要な語であり、情趣に用いれば清らかで趣深いものとなるが、実務に用いれば散漫で効果を欠くという句。
  • 天地は広いはずなのに世の道は鳥の通う小径のように狭く、人々が争い求めることが甚だしくなるほど人情は魚や蛮族のように浮薄になるという句、柳の下に舟を寄せ、花の間を馬で駆ける、その趣を眺める者の楽しみは当事者以上であるという句。
  • 人情とは何かと問えば、野の水が地よりも多く、春の山は半ば雲であると答え、世事とは何かと問えば、馬上に酒壺を懸け、刀の先で肉を分け合うことだと答える句、俗情を打ち破れば鶏や犬でさえ仙人のようになり、世の法に縛られれば鶴や鵞鳥でさえ陣を組まされるようなものだという句。
  • 清らかさは人に知られることを恐れ、奇であることはそれ自体を自ら愛でるに足るという句、客が訪れれば金の樽で酔い一つの寝台で過ごせばそれでよく、客が去ることだけを佳しとするわけではない、知己があれば車を返して三度でも訪ねればよく、必ずしも初対面である必要はない、陶淵明(元亮)が客を追い返したことを迂遠と笑い、王子猷(王徽之)が興が尽きれば会わずに帰った高い情趣を羨むという句。
  • 高潔な人物も必ずしも汚れを知らぬわけではなく、蓮は君子とされてもやはり泥の中から生まれる、丈夫はただ節操を論ずるべきで、竹は正しい人にたとえられても霜雪を受けることを厭わないという句。
  • 東郭先生の履物は、貧しくとも千古に清らかな名を残し、山陰の道士の経は、わずかな文字で千金に値する重みを得たという故事を引く句。

逸話と結びの格言

  • 管輅は酒を求めた後にしか物を言わず、それを「酒胆」と呼び、沈約(休文)は詩作に耽って痩せ細り、それを「詩魔」と呼んだという逸話。
  • 花のために詩句を求めることは、三千の上奏文を書くことに勝り、鶴のために糧を求めることは、田を二頃耕すことに勝るという句、極めて奇なるものは人を驚かせず、極めて美なるものは艶やかさを誇らないという句。
  • 瓶に花を挿し、盆に石を養うことは、日常のありふれた設えに見えるが、実は隠者の性情に深く関わり、趣を得ていなければ、その配置からは何の風情も生まれないという句。
  • 舌には骨がないからこそ言葉のすべてを操ることができ、目には筋があるからこそ遊戯の奥義を体現できるという句、湖海に浮かぶ舟の暮らしには五色の霞が糧として足り、天地の中の風狂な隠士には四季の花鳥が詩興を供するという句。
  • 花を養うにも瓶は精良なものを選ぶべきで、玉環(楊貴妃)や飛燕(趙飛燕)のような美花を粗末な茅屋に置いてはならず、嵆康・阮籍・賀知章・李白のような趣を持つ花を安酒場に置いてはならないという句。
  • わずかな力で蝶を圧倒し、無心のままに鶯を招き寄せる、半ば開いた葉が岩を暗くし、一輪の花が峰を明るくするという句、玉の欄干が彩りを連ね、白壁が明るさをぼかす、鮑照の詩興を動かし、王粲の憂いを消すという句。
  • 急がずともよいことを論じるより沈黙を養う方がよく、切実でない事に対処するより静けさを養う方がよく、不正な行いを助けるより正しさを養う方がよく、際限のない出費を放任するより福を養う方がよく、無情な詮索を好むより度量を養う方がよく、実のない名声を追うより韜晦を養う方がよく、不吉な人に近づくより愚直さを養う方がよいという句。
  • 誠実さで人に自分を信じさせ、快活さで人に自分を親しませ、謙虚さで人の教えを聞き入れ、恭しさで人の敬意を得、奮発によって人が自分を見くびる隙をなくし、洞察によって人の疑いに備え、真心を尽くして人の信頼に報い、堅い意志によって人が自分を軽んじることを防ぐ、という一連の格言でこの巻は結ばれる。