醉古堂劍掃巻十 豪(豪気についての清言)(醉古堂劍掃 卷十 集豪)
序(この巻の趣旨)
- 世の中には杓子定規に規則を守るだけの者や、株を守って兎を待つような融通の利かない者が多く、彼らは自分から罠にはまっているようなものだと編者は述べる。天地は広いのに真に「豪」と呼べる人物を求めても得難い。四壁しかない貧居から千金を投げ打つ胆力、興に乗って筆を走らせ千言を吐く才、我が才は必ず用いられ黄金はまた戻ってくると信じる言葉、これらが「豪」のしるしである。しかし真の豪傑は世に得難いため、後世の傑出した人物が一言一句にその不遇の思いを託した文章が、埋もれた反故と共に消え去ってしまうのを惜しみ、この「集豪」の巻を編んだ。
侠気と風雅を対にした警句
- 桃花の下を馬で行く春の少年の侠気と、経典を納めた部屋で夜衲を着て老いていく僧の禅心とを対比する句、山や川の眺めが胸中の気宇を豊かにするさまと、松や花の下で局を打つ興趣とを並べる句など、豪気と風雅を対句で描く言葉が連なる。
- 老いた駿馬が厩に伏していても志は千里にあり、翼を垂れた鵠でも思いは九霄にあるという句、無数の人が詩や絵に自然を写しても書き尽くせないとする句、剣(竜泉)と筆(毛穎)とを己の知己に見立てる句が続く。
- 世に用いられぬからといって世を弄ぶふりをする者は真の英雄に会うのを恐れ、経世の志がないのに世を欺く者は偽の豪傑を気取るだけだと戒める句、酒を安く酔い、黄金を惜しまず使い果たしても構わないとする豪放な句もある。
- 詩酒の興が尽きようとする心境や、高きに登り古を弔う情、李賀の詩嚢や謝朓の秀句といった詩人の故事を借りて才を語る句、鳴らぬ剣を吹くだけの偽の英雄と、無い米で飯を炊く窮した豪傑とを対比する句が続く。
- 俗を離れて暮らしてもなお史書に名が残ることを気にかける句、酒に酔い明けても酔郷に記録がないと笑う句など、隠逸と豪気の間で揺れる心情が並ぶ。
隠逸・志操を語る句
- 貧しい暮らしに甘んじた管寧を真の師と仰ぎ、栄達を求めた華歆を友とするに値しないとする句(管寧・華歆の故事)。車塵馬足の俗世でこそ人の本性の醜さが露わになり、深山幽谷にこそ真実の姿が残るとする句、虹霓の気を吐く者は風霜の厳しさを備えるべきで、日月の光に頼る者は雨露の私心を持ってはならないとする句が続く。
- 清らかな心で秋の江の波を巻き、雄渾な筆で崑崙の峰の秀麗さを描くという句、劉琨が鶏の声を聞いて起き舞った故事を壮士の心に、また琴の音に舞ったという故事を高僧の心に重ねる句がある。
- 天下の英傑と交わり、世に稀な書をことごとく読み尽くしたいという願い、読書に倦めば剣を見て気を養い、文を作るに苦しめば詩歌を歌って鬱屈を晴らすという句、交友には三分の侠気を、人となりには一点の素心を持つべきだとする句。
- 道徳を守り通す者は一時は寂しくとも、権勢に阿って迎合する者は永遠に哀れであるとする句、深山窮谷は経世の才を老いさせるが、絶壁は優れた文才を隠しきれないとする句が続く。
世への慨嘆と処世観
- 官に策を献じても用いられず、川の流れのように望郷の思いだけが募る心情を詠んだ句(「扁舟載得愁千斛」など)。世事を論じても仕方がないので書を閉じて千古に心を遊ばせ、俗塵を避けて山中に籠るという句、人の裏切りに満ちた世に熱い心を持つ虚しさと、古今変わらぬ人情の変化を冷ややかに見る二つの眼についての句が続く。
- 竜が眠る剣も風雷に応じて動き出す時があり、胸中に数万の兵を蓄えた者が窓辺で朽ち果てるはずはない、この胸の広さは数百人をも容れうるとする豪語、英雄が志半ばで酒に埋もれた末に覇業に代えるという句、風流の余韻を花や谷に託すという句もある。
- 美人の紅と眉墨を花や柳に喩える艶やかな句を挟みつつ、腹に文才があっても鬼を罵ることはできず、身の置き所がなくとも天を憂えるという句、大丈夫たる者は生きては諸侯に封ぜられ、死しては廟に祀られるべきだが、そうでなくとも閑居して志を養い、詩書を楽しめば良いとする句、古人に会えぬことより古人が自分を知らぬことを恨むとする句、栄枯得失は天の配剤で浮雲が空を過ぎるようなもの、自分の心さえ定まれば激流の中の柱のように動じないという句が続く。
逸話(曹曾ほか、日常の中の豪気)
- 曹曾が石を積んで書物を蔵する倉を作り「曹氏石倉」と名づけた逸話が紹介される。
- 大丈夫は遠大な志を持ち、堂の燕雀のような小人物を怪しみ、豪傑は鉄のような気概を持って道端の豺狼を恐れないという句、関羽の香火が千年にわたり華夷に広まり、蘇軾の名が今も庶民の口に上るように、気概と精神は磨滅しないという句が続く。
- 榻に寄りかかって豪士の弁舌を聞き、盃を手に酒に酔う人の姿を眺めるという句、高きに登って古を弔い胸中の気宇を広げ、俗世を超えた文章に遊ぶという句、雪晴れの清らかな景色は夢想の中にこそあり、荒山大江・修竹古木があれば十分だという句、村酒を飲んでは杖を曳いて歩き、遠近を気にせず天真爛漫に過ごすという句、気骨ある者は郷里の子供に怒られても、憐れまれることは望まないという句が続く。
実在人物の逸話
- 胡宗憲が『漢書』を読み、終軍が纓(えい)を請うた故事に至って机を叩き「男児はまさにこの心意気から人生を始めるべきで、他は瑣末なことだ」と言った。
- 宋海翁は才が高く酒を好み世を見下していたが、酔って海に船を出し天を仰いで大笑し、「この七尺の身は世間の凡人が納められるものではない、大海に葬られるべきだ」と言って波間に身を投じた。
- 王仲祖は容姿に自信があり、鏡を見るたびに「王文開はどうしてこのような立派な子を生んだのか」と自賛した。
- 毛澄は七歳で対句が巧みで、喜んだ人々から金銭を贈られると、それを投げ捨てて「蘇秦の大志にも及ばぬ身で、鄧通のような小銭に構っていられるか」と言った。
- 梁公実がある士を李於麟に推薦し、その士が礼を述べようと「長生の術を惜しみなく授けよう」と言うと、梁公実は「自分の名はすでに天地の間に満ちすぎて心配なほどで、長生など必要ない」と答えた。
- 呉正子は一室に閉じこもり、門前の流水を丸木橋で渡り、渡り終えるとすぐ橋を引き上げた。理由を問われると「この粗末な丸木橋は小さいので、富貴な人が踏みに来ては困る」と笑って答えた。
- 目と足さえあれば、山川風月はどこへでも行ける自分こそがその主人であるという句、大丈夫たる者は雄々しく飛翔すべきで、雌のように屈することはできないとする句が続く。
- 青蓮(李白)は華山の落雁峰に登り、「この呼吸は天帝の座に通じるほどだ、謝朓の秀句を携えられなかったのが恨めしく、頭を掻いて青天に問うほかない」と言った。
- 志は逆賊を討つことにあり、戈を枕に朝を待ち、劉琨が祖逖に先んじられることを恐れたという故事(聞鶏起舞・先鞭を著くの故事)を引く句も置かれる。
処世・交友・文章をめぐる論
- 経世の言葉は表立たず、農夫や樵夫にことよせて語られることが多く、優れた人物の高い足跡もまた漁師や牧童に混じって隠れているという句、高らかな言葉は虎の嘯くような気風となり、豪勇の行いは湧き立つ山の波濤を破るという句。
- 言論を立てる者が必ずしも千古の偉業を成すわけではないが、千古に残そうとする志だけは尊いとする句、客を好む者が必ずしも四海の交わりを尽くせるわけではないが、その願いだけは尊いとする句。
- 筆(管城子)は肉食の相を持たぬのに世人が外見だけで判断すること、金銭(孔方兄)に絶交状を突きつけながらも今なお交わりが続く矛盾を皮肉る句、心の広さを尊びつつも豪奢に流れず、文章は雄渾を尊びつつも殊更に難解を求めるべきでないとする句。
- 賢士を待つために榻を懸けておくのは単なる社交ではなく、車の轄を外して客を留めるのも単なる酒興ではないという句(陳蕃・陳遵の故事を踏まえる)、才は気概によって雄々しくなり、品格は心によって定まるという句。
- 世の人に好かれようとして文を書く自分を悲しみ、世の人に好かれようとして人となりを作る自分を悲しむという句、文章の海を渡る舟となり、文の苑を駆ける翼となることを目指す句、胸に三万巻の書がなく、目に天下の名山大川を見ていなければ良い文章は書けず、書けたとしても豪傑らしい言葉にはならないという句。
逸話と自然への感興
- 山中の厨で斧を失えば剣で薪を断ち、客が来て枕がなければ琴を解いて代わりにし、盥が壊れれば磬で水を汲み、足が冷えれば蓑をかけるという、質素の中に工夫を凝らす逸話。
- 孟宗が若くして遊学していたころ、母が十二幅の被を作り、賢士を招いて共に寝かせ、そこから君子の言葉を聞かせようとした逸話。
- 海際に立ち込める靄や河渚の光を望むといった辞句、名声は尽きても江や空は尽きず、絵は窮まっても山の色は窮まらないという句。
- 秋空の鶴の鳴き声に心が澄み渡り、海上を昇る龍を見て壮心が湧き立つという句、明月・秋声・蒼苔・春酒といった風物を並べる句、風波を乗り越えて広大な蒼茫を呑み込む胸中の奇、険しさを踏み越えて千尋の彼方を飛び越える足元の広さを詠う句。
- 松風や澗雨の音を天上の環佩の音に見立てて詩情を澄ませ、海市蜃楼を一幅の絵として酔眼に供するという句、白門から帰るたびに江山の連なりや草木の茂りを美しいと人は言うが、自分にはそれが離別の人の腸に宿る酸辛の思いに感じられるという句。
- 人が自分の腕に鬼が宿っていると褒めても、それは鬼が勝手に入り込んだだけで自分の腕自体には鬼はないと応じ、人が自分の目に人を見ないと非難しても、それは人の方が自分の目に入るに値しないだけで、実際には人を見ていないわけではないと応じる句。
- 山はすべて空虚だからこそ高く険しく、水はすべて充実しているからこそ流れて涸れないという句、憎らしい表情を出せず酒に紛らわせ、世を憐れむ心を捨てられず詩句に託すという句。
詩酒・人生観と引用句
- 春には万銭の美酒で花を清め、夜には名香を焚いて月に魂を薫らせるという句、忍耐が極まれば憂患も消え、語らいが真実に達すれば天地さえ余計に思えるという句。
- 『離騒』を熟読すれば名士たりうるが、追従ばかりする者は佳児にはなれないという句、剣は万敵に雄々しく、筆は千軍を掃うという句、羽を傷めた鳥もなお羽毛を惜しみ、志士は命を捨てても老いた駿馬への思いを忘れないという句、世に対して大胆に目を見開き、俗世に眉をひそめて生きないという句。
- 孤雁の影が窓辺に差し、月を家に招き入れ、花枝が乱れる中で楓落・呉江の詩句を朗吟すると人を切なくさせるという句、雲間から月が花を覗き、夜更けに花が眠り月が明るく照らすという句、三春の花鳥は愛でるに堪えるが、千古に残る文章の価値は自分にしか分からないという句。
- 士大夫の胸に三斗の墨がなければ筆は運べないが、蓄えが古くなりすぎるとかえって光沢を失うという句、市場で金を奪う者は金しか見えず人を見ず、身を裂いて珠を隠す者は珠を愛して自分を顧みない、これは命を懸けて富貴を貪り、欲のままに生を損なう者と何ら変わらないという句。
- 山水の良い景色は語り尽くせず沈思に委ね、世の炎涼は受け止めがたく門を閉じるほかないという句、人を殺せる者だけが人を生かす力を持ち、恩ある者には必ず怨みも生じる、善悪を出さず世に流されるだけの「肉の菩薩」であれば、世のため生のため何の役にも立たないという句。
- 李白の「天生我才必有用、黄金散尽還復来」、杜甫の「一生性僻耽佳句、語不驚人死不休」の句を引き、豪傑たる者はこの言葉を理解すべきだとする。
- 天下には父兄でも縛れない豪傑はいても、師友によって全く感化されない愚者はいないという句、米芾が石を兄と呼んだ逸話や、荘子が塵を馬に喩えた故事を引きつつ、世俗の交わりの中での処し方を語る句。
豪傑論・英雄論
- 詩人が旅装を軽くして秋の水や春の雲を胸に収める一方、深宮の女性は一生を化粧に費やし晩花新柳を悩ませるという対比、得意な時は人に知られる必要はなく興に任せて書けばそれが最上であり、酔って口にする言葉は世の議論に構わず狂っていて良いという句。
- 英雄でさえ自分の身を天の気まぐれに委ねようとしないのに、我々が世人の思うままに扱われて良いはずがないという句、世に不可欠な人物となり、他人には成し得ない事を成せば、この人生も無駄ではないという句。
- 児女の情と英雄の気概は両立し、柔らかな情も侠気ある気骨も同じ仲間であるという句、馬上で矛を横たえ馬を下りて賦を作るのが英雄の本色であり、『離騒』を読み濁り酒を痛飲するのが名士の風流であるという句(曹操の故事を踏まえる)。
- 詩に狂えば古今を超越し、酒に狂えば天地を超越するという句、世に処するには熱い場所で冷静を思い、世を出るには冷たい場所で熱意を求めるべきだという句、我々の腹中の気概も必要だが用いる必要はなく、口先だけ蜜のように甘い者は婦人のすることだという句。
結び(大事を成す者の心構え)
- 大事を成す者は意気だけで勝るのではなく、優れた智略も備えているからこそ、気概をもって行動すれば公侯をも屈服させる力を持ち、奇策をもって事を運べば人々の耳目を驚かせる、そのような人物はみな千古に名を残すが、今の世にはそのような人物がいないと編者は嘆く。
- 剣を語り兵を談じても今生では諸侯に封じられる骨相に恵まれず、高きに登り酒を前にしても烈士の歌を吟ずるのはもうやめようという句。
- 知己のために命を捨てた侯嬴の侠骨は今なお香り高く、督郵に頭を下げず五斗米を捨てた陶淵明の高風は今も清らかであるという故事を踏まえた句、剣を秋風に振れば四壁に鬼の嘯きが聞こえるようで、琴を夜月に弾けば空山の猿の遠吠えを誘うという句。
- 壮んな志は憤懣として消えがたく、高潔な人物の情は深く一途であるという句、先達は弾冠を笑い、権門に軽々しく身を寄せることを戒め、知己であればこそ按剣し、世の道で暗に珠を投げるような軽率をしないよう戒めて、この巻は結ばれる。