宋史卷四百七十九 列傳第二百三十八 仁贄
仁贄・仁裕・仁操
- 仁贄は字を忠美、左威衞将軍同正から広政13年雅王に封ぜられ検校太尉、20年閬州保寧軍節度、24年検校太尉を加えられた。昶の降伏に際し表を奉じ入朝、太祖に広徳殿で謁見し襲衣・玉帯・鞍勒馬を賜り右神武統軍となり、母の喪を機に大同軍節度西京都廵検使を起復、開寶4年44歳で卒し太子太師を贈られた。
- 仁裕は字を鳴謙、仁贄と同日に彭王に封ぜられ検校太傅、広政20年黔州武泰軍節度、24年検校太尉、帰朝後検校太傅右監門衞上将軍から右羽林軍に遷り開寶3年44歳で卒し太子太傅を贈られた。
- 仁操は初め右領軍衞将軍同正、仁贄と同日に嘉王・検校太傅に封ぜられ、広政21年果州永寧軍節度、24年検校太尉、釈氏に深く帰依し帰朝後右監門衞上将軍から右龍武統軍に累遷、雍熙3年卒した。