宋史卷四百六十八 列傳第二百二十七 李祥

熙河二十余年の武功

  • 李祥は開封の人。入内黄門となり材質は驍鋭で騎射に長け、武才により選ばれ涇原儀渭同巡検を授けられた。景思立に従い河湟にあった功により内殿崇班に遷り、河州駐泊兵馬都監となった。郭逵の交阯討伐に従い富民江に駐屯した際、賊兵が大挙して至ると涇原の将姚兕とともに力戦してこれを破り、皇城使・鎮戎軍沿辺都巡検使に遷った。
  • 劉昌祚の霊武征伐に従い議功により沂州団練使を加えられたが、所部の兵の逃亡が多いとの言があり簡州刺史に降せられ、権熙河蘭会路都監として岷州の兵を統べた。夏人が蘭州を攻めると祥は援に赴き険を保って変を待ち、数日で虜は囲みを撤して去った。団練使に復し階州防禦使に進んだ。种誼に従い鬼章を襲う功があり兵馬都鈐轄に昇進し、熙河にあること二十余年、宣慶使・内侍押班として卒した。