宋史卷四百五十八 列傳第二百十七 王樵

繭室に籠もる

  • 王樵、字は肩望。淄州淄川の人。梓桐山に住み易学に長じた。咸平中、契丹の遊騎に家族が拉致され、妻子を棄てて単身契丹に父母を訪ねたが果たせず帰郷、木像を刻んで招魂葬とし6年喪に服した。「贅世翁」と自称し、城東南に磚を積んだ「繭室」を築き「王樵薄命寡智、材不濟時」と門に銘した。病没後、旧居は民居となっていたが、治平末に職方郎中向宗道が改葬し繭室・祠堂を再建した。