宋史卷四百五十七 列傳第二百十六 李瀆

河神の名を持つ隠者

  • 李瀆、河南洛陽の人。曽祖李鄑は梁に仕え崇政使・礼部尚書、後唐で太保を追贈。父李瑩は詞賦で知られ殿中侍御史などを歴任したが南唐への賄賂で左遷。瀆は河神への祈りで生まれたため「瀆」と名付けられ、後に「長源」と改字。
  • 博覧強記で16歳で服喪後は仕官せず、中条山を往来し人物談義で聞こえた。王祐・王旦・李宗諤らと交流したが仕官を勧められても応じなかった。真宗の汾陰祭祀の際に召されたが足疾を理由に辞退。天禧3年(1019年)12月、夢のお告げのような不思議な逸話とともに没した。享年63。翌年、著作佐郎を追贈され粟帛を賜った。