宋史卷四百五十七 列傳第二百十六 萬適
嵩陽の遺逸
- 萬適、字は縦之。陳州宛丘の人。「遣玄子」と号し6〜7歳で詩を作った。老荘の学に精しく、高錫・韓伾らと交遊。仕進を求めず著述に専念し、『狂簡集』100巻など多数の著書がある。淳化中、韓伾の推薦で楊璞・田誥と共に召されたが、適は最後に慎県主簿を授けられた直後、病のまま謝恩に赴き数日で没した。
- 田誥、歴城の人。多くの門人を教え、著作百余篇を残した。楊璞、字は契玄。鄭州新鄭の人。詩で知られ、召還後『帰耕賦』を作って隠棲の志を示し、真宗の泰山行幸時に茶帛を賜り78歳で没した。