宋史卷四百五十四 列傳第二百十三 宋應龍

宋應龍(禇一正附)

  • 儒生であったが兵事に通じ三十余年戦陣を経験し諮議官として泰州に寓居していた。徳祐二年六月甲寅、大兵が泰州に至り、裨校・孫貴・胡惟孝・尹端甫・李遇春が門を開いて降ると、應龍は妻とともに庭で縊死した。当時提刑諮議・禇一正は字を粹翁といい廬州の人で武挙進士、督戦中に高沙で負傷しついに水に沈んで死んだ。興化知県・胡拱辰も県が破れると死んだ。