宋史卷四百五十二 列傳第二百十一 楊粹中
楊粹中
- 真定府の人。建炎二年、金人が大挙して侵攻したとき、粹中は濮州知州で固守し落ちなかった。粘罕は濮州を小郡として侮ったが、将官姚端が不意を突いて夜に営を襲い直接中軍を犯し、粘罕は裸足で逃げわずかに命を全うした。以後急に城を攻め、三十三日にわたり包囲されついに陥落した。姚端は死士を率いて突出し、粘罕は城内に入った。粹中は浮図(塔)に登ってなお下らず、粘罕はその忠義を嘉し不死を約束したので城を出た。しかし粹中はついに屈せず死んだ。守禦官の杜績もともに死んだ。粹中には徽猷閣待制が贈られた。