宋史卷四百四十九 列傳第二百八 王翊

漢州に死す

  • 王翊、字は公輔。郫県の人。宝慶元年(1225年)進士。呉曦の招きを拒み投獄されたが誅殺後に赦免。嘉熙元年(1237年)漢州参議官として制置使丁黼の防戦に協力、黼の戦死後も王璨らと共に防戦。
  • 朝服のまま座して敵を待ち「城と共に滅びる」と述べ、井戸に身を投げて死んだ。同時期、漢州の劉当可・邵復・羅由・趙崇啓らも屈せず死んだ。丹稜県知事馮仲煜、簡州知事李大全、卭州守趙晨、遂寧の趙朋、重慶の胡天啓夫妻なども各地で殉じた。宝祐6年(1258年)以降も吉平隘・長寧・閬州・蓬州・順慶などで多くの守将が殉死した。