宋史卷四百四十五 列傳第二百四 熊克

出自と生涯

  • 熊克、字は子復。建寧建陽の人。御史大夫熊博の後裔。幼少より才学に優れ、紹興年間進士。紹興府諸暨県知事として、越帥の急な賦課に対し民を守る姿勢を貫いた。
  • 提轄文思院として孝宗に文章を認められ、直学士院に抜擢された。宰相趙雄の異論を受けて朝廷試験を経てから校書郎、学士院権直に累進。
  • 金との和議を保ちつつ守備を固める「以和為守、以守為攻」の論を上奏。淮東防衛の重視、江陰水軍創設、将帥の統制策などを論じた。
  • 起居郎兼直学士院となったが、言者に弾劾されて台州知事に転出。博聞強記で宋朝の典故に精通し、家は倹約で清介と称された。73歳で没した。