宋史卷四百四十五 列傳第二百四 程俱
出自と生涯
- 程俱、字は致道。衢州開化の人。外祖父の恩蔭で蘇州呉江主簿となり、舒州太湖茶場監となったが上書のことで罷免された。
- のち泗州臨淮県知事、将作監丞、著作佐郎を歴任し、宣和2年(1120年)頌を奉って上舎出身を賜り礼部郎となったが病により帰郷。
- 建炎年間、太常少卿として秀州知事のとき高宗に対し徳政を訴え嘉納された。金軍南侵時、崇徳・海塩が破られると檄文で降を諭され、城を捨てて華亭に退いたが、朝廷の命で財帛を輸送し、病により帰郷。
- 紹興初年、秘書省少監として日暦の修纂を始め、旧聞をまとめて『麟台故事』を著した。中書舎人兼侍講として、言論の自由と責任の所在を説く論を上奏。
- 武臣の遷転制度について祖宗の法を論じ、官職の乱発を戒めた。徐俯の諫議大夫昇進を不当として繳還した。
- 晩年風痺を病み、秦檜の推薦で史事を担当したが辞し、67歳で没した。文章は典雅で世に称された。