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宋史
卷四百四十三 列傳第二百二 劉涇
生涯
劉涇、字は巨済。簡州陽安の人。進士に及第し王安石にその才を認められ経義所検討に召された。太学博士・知咸陽県・常州教授・通判莫州・成都府国子監丞・知処州・虢州・真州・坊州を歴任、元符末、召対で職方郎中となり58歳で没した。奇怪な文を好み進取に励んだが排斥を受け不遇であった。同時代に鄭少微(字は明挙、成都の人)がおり、涇と並び文名があったが同じく仕途に恵まれなかった。
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