宋史卷四百三十一 列傳第一百九十 崔頤正
弟偓佺附
- 開封封丘の人、弟の偓佺とともに進士に挙げられ、経術に明るかった。雍熙中、高密尉、秩満後に国子祭酒孔維の推薦で国学直講、殿中丞。太宗に荘子一篇を講じて銭五万を賜った。判監李至の上言で、経義の校定に杜鎬とともに登用された。咸平初、劉可名の建言をきっかけに再び校定官として登用され、尚書大禹謨を進講、牙緋を賜り御書院に日参して尚書十巻まで進講した。年老いて歩行が困難となり致仕を願い、国子博士のまま致仕を許され、3年卒、79歳。
- 弟の偓佺は淳化中、福州連江尉から判監李至の推薦で国子監直講。太宗に隷書「角」の字体(「刀」を用いる場合と点を用いる場合)を問われ、秦の程邈の隷書創制の由来を踏まえて答えた。咸平2年、真宗の国学視察時に尚書を進講し緋を賜った。景徳後は道徳経を講じ、白金繒綵を賜り、3年卒、79歳。『帝王手鑑』10巻、曹唐『大遊仙詩』注15巻を撰し、子世安が献上して出身を賜った。