宋史卷四百十九 列傳第一百七十八 金淵

金淵(字淵叔)

  • 臨安府の人。嘉定七年(1214年)進士、太学博士に転じ太府寺丞・秘書郎に転じ著作佐郎兼権司封郎官に昇り秘書丞に転じ、右正言を拝命兼工部侍郎に転じ、将作少監兼侍右郎官に転じ国子司業兼国史編修実録検討兼崇政殿説書を兼ね、監察御史を拝命し曹豳・項寅孫を論じ、侍講を兼ね礼部侍郎に転じまもなく国子祭酒を兼ね吏部侍郎に転じ、右諌議大夫を拝命し左諫議大夫に改め礼部尚書兼給事中に転じ、淳祐四年(1244年)貢挙を知り端明殿学士・同簽書枢密院事を拝命、侍御史劉漢弼が淵の尸位妨賢(職にありながら賢者を妨げる)を論じ罷政・祠禄、監察御史劉応起の弾劾で落職・免祠、十一年(1251年)妻盛氏が朝廷に訴え軽減を願い、詔により平江府への移住にとどめられ死去した。