宋史卷四百十 列傳第一百六十九 沈煥
学問と直言
字は叔晦、定海の人。陸九齢に学び、乾道五年(1169年)進士。太学録として学者を教導。殿試考官として名声を得たが「道と職に二つなし」と説き権門に阿らず、髙郵軍教授に左遷された。
地方官として
高宗山陵の際、供給の煩雑さを安撫使鄭汝諧に訴え、御史に喪紀の本義を明示するよう建議し、無用の徴発を止めさせた。旱害時の振恤で成果を上げた。周必大に「叔晦は益友であった」と評された。特に諡「端憲」を贈られた。
舒璘――学問の広がり
字は元質、奉化の人。張栻・陸九淵に学び「朝に斯に、夕に斯に」と刻苦研鑽した。朱熹・呂祖謙にも師事。徽州教授として詩礼の学を興し、丞相留正に「当今第一の教官」と評された。知平陽県では民の苦を訴えて厳しい賦役を改めさせた。淳祐中「文靖」の諡を特に賜った。