宋史卷三百九十一 列傳第一百五十 胡晉臣

出自と直言

  • 字子逺、蜀州の人。紹興二十七年(1157年)進士及第。成都通判として范成大に推薦され、孝宗への上疏で士俗・民力・辺備・軍政の四弊を論じた。趙雄の近習問責に応じ、近習の権勢を糾した。

侍御史から参知政事へ

  • 侍御史として朱熹を擁護し林栗を排斥した。給事中として恩賞の濫発を抑え、光宗即位後は同知枢密院事・参知政事として留正と共に政務を輔佐し、在職のまま没した。贈資政殿学士、諡文靖。

史論

  • 論に曰く、大事を決するには凝定して立つ者でなければならない。周必大・留正はともに一時の相業をもって称されたが、必大は純篤忠厚にしてよく君主を善導した一方、光宗・寧宗の禅譲の際には禍を懼れて去ったことが、確固たる立場と言えるか疑問である。胡晉臣は朱熹を擁護して争論し、侃々として節操を守った人物であった。