宋史卷三百九十 列傳第一百四十九 張大経
出自と監察御史
- 字彦文、建昌南城の人。紹興十五年(1145年)進士及第。吉州龍泉知事として善政を行い、儀真知事として平易な統治で民を安んじた。孝宗の信任で監察御史に抜擢され、士風の弊害(掊克・媮惰・誕慢・浮虚)を論じた。
侍御史から尚書へ
- 大理少卿・殿中侍御史として大臣の責任と荒政の実態を厳しく批判し、宦官董璉らを弾劾した。侍御史として人心の是正を説き、右諫議大夫として財政・監司制度の改革を建言した。禮部尚書として近習の権勢濫用を戒めた。慶元四年(1198年)享年89で没した。「愛君憂国の心は泯びず」と遺言した。