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宋史
卷三百八十八 列傳第一百四十七 胡沂
出自と初任
字周伯、紹興餘姚の人。父宗伋は醇儒として知られる。紹興五年(1135年)進士甲科、長らく地方官を経て正字となり、孝宗即位後は国子司業・殿中侍御史として辺境屯田策を建言した。
近習批判
殿帥成閔の不正を弾劾し、龍大淵・曾覿の権勢濫用を強く批判して一時左遷されたが、乾道年間に召還され中書舎人・給事中・吏部侍郎などを歴任した。法令整備を主導し、目疾のため辞職と復職を繰り返し、淳熙元年(1174年)享年68で没した。金への強硬論を戒め、諡は献粛。
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