宋史卷三百七十九 列傳第一百三十八 張觷
蔡京門下から南劍州の戦
- 張觷、字は柔直、福州の人。進士となり小官となったが世に迎合しなかった。蔡京が子弟の師を求めた際、族子の推薦で招かれたが固辞し、やむなく赴任した。
- 諸生に「お前たちは走る術を学んだか」と説き、天下がこれほど破壊されれば賊が至れば逃げるほかないと語り、驚いた諸生が蔡京に報告。蔡京自ら会って「宗廟社稷は旦夕に危うい」と語ると、觷は耆徳を側に置き忠義の士を内外に配すべきと説き、これが楊時登用のきっかけとなった。
処州・南劍州での実務
- 南劍州知事、福建路転運判官在任中、范汝為の乱で建州が陥落し葉徹の軍が南劍を侵すと、統制官任士安が戦わないため觷自ら州兵を率いて交戦、隊を分けて食事を回しながら交代戦闘する策で葉徹を討ち取った。士安の面目を保つため首級を渡したが、その後葉徹の二子が復讐に来た際は州兵と挟撃してこれを破った。
- 再び処州知事となり、船や城壁工事の費用見積りの不正を、小型模型による算定で暴き節約させた。蕩平の功で祕閣修撰に進み、卒後は邵武で祀られた。