宋史卷三百五十四 列傳第一百十三 樓异

生涯

  • 字は試可。明州奉化の人。進士高第から汾州司理参軍、永興虞策幕府、京文繍院、大宗正丞、度支員外郎を経て泗州知事、吏部右司員外郎・左司郎中・太府鴻臚卿・直祕閣・秀州知事・随州知事を歴任。
  • 入朝時、明州に高麗使節応対の一司を設け百艘の船を建造し元豊の旧制に倣うことを建議、広徳湖の墾田で歳三万六千石の収穫を得ることを提案、徽宗はこれを容れ明州知事に任じ、六万緡の内帑金を出し造船費とし、湖田七百二十頃を開墾させた。
  • 直龍図閣・祕閣修撰から徽猷閣待制に至るが、灌漑用湖水を民が侵占していたのを泄させたため、干ばつで郷人の怨みを買った。
  • 五年間の在任中、温州の船官を隷属させ役に便し、また越・台の塩を運用しようとして詔で咎められた。
  • 睦州の冦乱鎮圧で戦功があり徽猷閣直学士として平江府を知り卒。