宋史卷三百五十一 列傳第一百十 管師仁

経歴

  • 管師仁、字は元善、処州龍泉の人。広親睦親宅教授、澧州通判、建昌軍知事を経て右正言・左司諫として蘇軾・蘇轍の新法批判を「熙寧の政を毀損する」と弾劾し追放させた。河北濵棣諸州の水害救済で租税減免を建議し民に慕われた。
  • 起居郎・中書舎人・給事中・工部侍郎、選曹の不正を摘発し士論に称賛された。刑部尚書、樞密直学士知鄧州から揚州・定州に転じ、辺備の乱れる中で遼の圧力に対し密かに十万の兵を動員しつつ表向き宴遊で敵を欺いた。吏部尚書、同知樞密院に至るも二月で病に倒れ、資政殿学士で卒、年六十五、正奉大夫を贈られた。