宋史卷三百五十一 列傳第一百十 朱諤

経歴

  • 朱諤、字は聖與、秀州華亭の人、初名は紱。崇寧初、太常丞から殿中侍御史・侍御史・給事中を経て党籍人と同名のため改名、御史中丞となり「わずかな汴堤の陥没まで論じるのは些事」と些末な弾劾を批判した。神宗故事の内閣論道の再興、詔命の履行状況の巡察制度を提案した。
  • 元祐の冤罪申立てを姦臣による便乗と断じ、許将の御史獄弾劾を「無実の刑」と痛烈に批判、対金・対后の言辞の食い違いも指摘した。六察官の弾治賞与制度の弊害を正し、大観元年に右丞相を拝したが三月で年四十で卒。光禄大夫・諡忠靖を贈られ、蔡京門下として建白は乏しかったが墓誌は京自ら記した。