宋史卷三百二十四 列傳第八十三 許懐徳
許懐徳(字師古)
- 開封祥符の人。父許均は磁州団練使。長身で騎射に優れ、殿前指揮使左班都虞候から儀州刺史・鄜延路兵馬鈐轄・副総管を歴任した。夏人3万騎による承平砦包囲を千余の兵で撃破し、金明県屠殺後の延州包囲も夜襲で解いた。
- 塞門砦救援の遅延で降格されたが、龍神衛四廂都指揮使・陵州団練使に復し、逗留の罪で再度降格された。殿前都虞候・遂州観察使・侍衛親軍馬軍副都指揮使・武信軍節度観察留後を歴任し、80歳で子を生むほど壮健であった。
- 従妹の遺産横領未遂事件で罷免されたが後に復帰、殿前副都指揮使から都指揮使に進んだ。老齢を理由の辞職願いは聞かれず、侍中を追贈され諡「栄毅」。移鎮の際の謝表を一通にまとめたことを歐陽脩に「慢朝命」と非難された逸話が、その吝嗇な性格を示す。