宋史卷二百九十八 列傳第五十七 蔣堂
地方治績
- 蒋堂、字は希魯。常州宜興の人。楚州団練推官として真宗の高評価を得て大理寺丞・知臨川県。臨川の富人李甲の不法を厳しく処断。監察御史として、宮中の火災を天譴と解釈し宮人への責任転嫁に反対、罪の赦免を実現。郭皇后廃位に反対。
- 江南東路転運使、淮南兼江南発運使として、発運使制度の存続を歴史的先例で擁護。二百人余の部下を推薦し「十のうち二三が正しければ十分に国に報いる」と語った。越州知事として鑑湖の灌漑田の回復を実現。
- 江淮制置発運使として権貴への贈物を排し、五年間京師に赴かなかった。益州知事として学校の興隆を進め、成都の風俗を刷新。銅壺閣建設と旧祠の破却を巡り批判も受けたが概ね治績を残す。清廉純直な人柄で、詩文に優れ『呉門集』二十巻。