宋史卷二百九十六 列傳第五十五 王著

経歴

  • 王著は字を知微といい、呂文仲と同時代の人。唐の宰相石泉公方慶の後裔を自称し、京兆渭南の出。祖王賁は広明中に僖宗の蜀行幸に従い成都に居住、雅州刺史となった。父王景瓌は万州別駕。著は前蜀の明経及第で平泉・百丈・永康の主簿を歴任、蜀平定後は隆平主簿として十一年間留任した。
  • 書をよくし太宗が字書の乱れを是正しようとした際、太平興国三年(978年)転運使侯陟の推薦で衞寺丞・史館祗候として篇韻の詳定に当たった。太平興国六年(981年)著作佐郎・翰林侍書、侍読と交替で御書院に侍った。太宗が書の学習に熱心で、中使王仁睿を通じて御札を示させると著は「まだ十分ではない」と評し、太宗が努力を重ねても著は同じ答えを繰り返した。仁睿が理由を問うと「帝王が書を始めてすぐに褒めれば、そこで努力をやめてしまう」と答え、時が経ってのち「功は既に至った」と初めて評した。真宗は宰相にこの逸話を語り、著が最も優れた侍書だったと評した。
  • 雍熙二年(985年)左拾遺で高麗使、端拱初に殿中侍御史、次年に呂文仲と共に金紫を賜り、その翌年に卒去。特に贈賜され子の王嗣復は奉禮郎とされた。