宋史卷二百九十四 列傳第五十三 張揆
経歴
- 張揆は字を貫之といい、先祖は范陽の人でのち斉州に移住。進士に及第し北海県尉、大理寺丞。病を得て十年間出仕せず、その間『易』を通じ揚雄の『太玄経』にも通暁した。
- 陳執中の推薦で国子監直講・諸王府侍講、尚書度支員外郎・直史館・荊王府記室参軍を歴任。著作『太玄集解』数万言を献じ、邇英門で蓍を揲かせた際「断首」の卦を得て『易』の「夬」(陽剛が陰柔を決する、君子進み小人退く象)に準えて解説し仁宗を喜ばせた。
- 天章閣待制・侍読、右諫議大夫・龍図閣直学士・給事中・太常寺判を歴任。漢の馬皇后伝の講読で「大練を服す」(質素な衣を着る)の件を機に外戚の抑制を進言し帝に嘉納された。
- 王溥への諡号を巡り「文忠」の議があった際、「溥は周の宰相であり国が亡んでも死ななかった、忠とは言えない」と主張し「文康」に改めさせた。翰林侍読学士・審刑院知院を経て斉州知事で卒去。尚書礼部侍郎を追贈。
- 剛狷で世務に疎かったが読書を好み老いても倦まなかった。弟の張掞と友愛が深く、掞は龍図閣直学士に至った。